本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
シャトー訪問記(その29)-リュル・サリュース伯爵
![]() 宴のあと―《ファルグ2001、2008》 |
それでは伯爵邸での昼餐のつづきをはじめます。コキーユ・サン・ジャック(帆立貝)の料理につづき、執事の方が銀製の大皿にのった大きな牛肉の塊をカットして、夫々のお皿に野菜と共に盛り付けてくださいます。伯爵がこの牛肉は《ファルグ》の牧場で飼育されたもので、野菜も同じく農場で栽培したものですと説明してくださいました。
![]() ここで伯爵は、銀座のあるレストランの女性オーナーのお話をされました。日本で大変心を打たれる接遇を受けたそうです。その時の感激されたお話をいかにも楽しそうに思い出しながら語ってくださいました。それ以来、≪絆≫(le mot ≪kizuna≫ qui désigne les liens qui rapprochent les êtres humains・・・)を大切にしていますとのこと。正に“人間の絆”の物語でした。このお話をお聞きして合点がいきました。 ![]() ちょっと横道に逸れてしまいましたので、再び昼餐の模様をつづけます。美味なる肉料理が終わると、大きなチーズが3種類のった銀製のお皿が運ばれて、執事の方が好みの分量にカットしてくださいます。 ![]() ![]() “良きワイン口に入りて良き言葉口より出ずる”ではないですが、フランス人はよく食べ、よく飲みそしてよくお話になります。かのブリア=サヴァランもそこを強調していますが、正に“コンヴィヴィアリテ(convivialité,楽しい会食の趣味)”の世界です。フランス人の食卓へ籠める情熱を改めて知ることになりました。そして食卓の雰囲気はあくまで畏まることなく、最後まで寛いだ気分で楽しませてくださいました。これこそがシックで伝統と品格あるフランス貴族の客人への接遇なのでありましょう。食事が全て終わり、記念にこの部屋で写真を撮ったあとに、エプロンをつけた一人のご婦人が現れ、私に会釈しました。その姿が妙に印象に残っていました。帰国してある本を手に取ると、彼女を撮った一枚の写真が目に留まりました。そこには「内輪の食事のサービスをするテレーズさん」と書いてありました。この昼餐は内輪の食事、つまりファミリー・ランチとして親しみを込めて私たちを迎えてくださったのだと改めて嬉しい気持ちになりました。 食後のコーヒーは隣の部屋に移って、小さいカップでエスプレッソをいただきました。楽しい昼餐がこれで全て終わりました。プールのある美しい庭へ出て、遥か彼方のファルグの景色を眺めました。「空は青く、何もかも微笑んでいた。私たちは食卓を離れた。とても幸せな気分であった!」との心境でした。 ただ、心残りのことがあります。それは愛書家の端くれである私にとって、伯爵の各部屋の壁面をほとんど覆う書棚いっぱいに収められている蔵書について一言も尋ねることができなかったことです。 ![]() 滞在時間は優に3時間を超えていました。そろそろおいとましようと思っていましたところ、伯爵がこれから修復中の城塞(forteresse)をご案内しましょうとお誘いくださいました。この広大な170ヘクタール(東京ドーム47個分ほどの広さ。葡萄畑はそのうち15ヘクタールのみ)の敷地を睥睨するように建つ大きな城塞は、教皇クレメンス5世の甥、レイモン・ド・ファルグ枢機卿によって1306年に建立された由緒ある歴史的建造物です。城塞の中に一歩足を踏み入れますと、瞬間的に時間は700年余も遡行し、私はフィリップ4世時代(在位1285-1314)のファルグ城にいるかのような錯覚に陥りました。年老いたレイモン・ド・ファルグ枢機卿とひそひそ話をしているような。 英仏百年戦争(1337-1453)の戦火にも耐え抜いてきた中世の城塞《シャトー・ド・ファルグ》が、1687年の火災であえなく焼け落ちてしまうまで、リュル・サリュース家は6代に亘ってここに住んでおられたそうです。 ![]() ![]() こうして夢のような《シャトー・ド・ファルグ》での4時間以上に亘る滞在はそろそろ終わりに近づいてきました。伯爵とオルレアン公と妻とキロスさんと私は、夕暮れ迫る葡萄畑を眺めながら城塞を一回りしました。いよいよお別れの時間です。抱き合って別れを惜しみました。伯爵とオルレアン公は最後の最後まで笑顔でお見送りをしてくださいました。伯爵、オルレアン公、すばらしい至福の一時をありがとうございました。 さようなら、《シャトー・ド・ファルグ》!また来る日まで。 追って、後日リュル・サリュース伯爵から私ども夫婦へ、来る6月21日(金)午後8時から催される《A la découverte du Château de Fargues―シャトー・ド・ファルグの探検》と題する晩餐会の招待状(Invitation personnelle)が届きました。夜の帳がおりる頃に、フランスの有名な光の芸術家による“Lumière et Musique―光と音楽”のスペクタクルが催されるとあります。ファルグ城に当てられた光は城壁を照らし、城塞を暗闇の中から美しく浮かび上がらせることでしょう。そこには昼間見た城塞とはまったく違う光景が現れ、その前で美しい音楽が奏でられる。想像しただけで心が浮き立ちます。近ければ何を差し置いても出掛けたいところですが、ボルドーは如何にも遠い。あの城塞が光に浮かび上がる幻想的な光景に想いを馳せながら、今回は我慢して、わが家で《シャトー・ド・ファルグ2003年》を味わうことにします。嗚呼、残念至極! |
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