本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
マドリードの旅(4)
![]() Museo del Jamón(ムセオ・デル・ハモン) |
さて、大分寄り道をしてしまいましたが、今回から再びスペイン・マドリードの旅を続けます。ローマ時代の格言、「食べろ、飲め、遊べ ― EDE(エデ)、BIBE(ビべ)、LUDE(ルーデ)」を,ここマドリードで実践してみました。
![]() ![]() 生ハムと共にスペインらしさを感じるのは何といってもサフラン(Crocus Sativus)に彩られたパエリアです。中でもバレンシア風パエリアは発祥地バレンシアの最もオーソドックスなもので、白く煮たイカの筒切り、セピア色に焼き上げたイカ、エビ、ザリガニ、ムール貝、魚、鶏などを散らし、レモンを並べてまるで菜の花畑のようです。それを両手のついた鍋で、熱いまま運び、ドカーンとテーブルの真ん中に据えるのです。 ![]() ここで、キロスさんの話を含めて生ハムの薀蓄話をいくつかご披露いたしましょう。イベリコ豚の話です。日本でイベリコ豚が話題になったのは今から10年ほど前のことだったように思います。何といっても「どんぐりを食べる豚」というキャッチフレーズが注目を浴びたことを憶えています。では、イベリコ豚とは何ぞやといいますと、スペインの黒豚のことです。もう少し詳しくいいますと、イベリア半島の中部から南部で飼育されているイベリカ種の豚を指します。因みに、豚のことはスペイン語で「Cerdo(セルド)」といいます。これに続けると、[o]で終わる語尾変化によって「Ibérica(イベリカ)」が「Ibérico(イベリコ)」となり、「Cerdo Ibérico(セルド・イベリコ―イベリコ豚)」となるのです。つまり、イベリコ豚とはイベリカ種の豚で、イギリスのヨークシャ種と同じく豚の種類です。豚は血統、飼料、飼い方で味が決まるといわれています。イベリコ豚は、脂の味が格別で、特にどんぐりを食べているベジョータ(Bellota)は脂肪を食べると木の実の香りがするというのも、今回初めて食して納得しました。かすかにナッツのような香りを感じ取ることができます。 ![]() イベリコ豚はヨーロッパに残る唯一の放牧豚で、一般的には黒い皮膚の色と毛が硬いのが特徴で、イベリア半島において昔からの食文化に深く根付いていました。ただ、当時は冷蔵保存の技術がなかったため、常温でも保存の効くように塩漬けされ、水分を除去した後に、保存食である生ハムにするのが主でした。専門的にいうと、イベリコ豚は脂肪を筋肉組織内に滲透させる能力に長けているといわれ、肉繊維のなかに脂肪交雑が多くみられることが、通常の生ハムのハモン・セラーノよりも遥かに長い熟成期間(2年~3年)に耐えうるのだといいます。そのことがどんぐりと放牧に加えて、イベリコ豚の生ハム独特のナッツのような風味をもたらしてくれる要因になっているそうです。またイベリコ豚は体内の肉や脂肪に高い濃度でオレイン酸、ビタミンB群、抗酸化物質を蓄積できており、オリーブ・オイルの組成に近いことから、“脚のついたオリーブ(の実)”ともいわれています。 ![]() イベリコ豚の味の最大の特徴は何といっても噛んだ時の食感です。普通のハモン・セラーノの場合、筋肉の硬さを感じますが、イベリコ豚はすっと歯が食い込んでいくくらい柔らかいのです。2番目の特徴は脂の甘さです。マグロのトロが美味しいのは、そこに脂の香りと甘さが入っているからであり、同じようにイベリコ豚は脂が香り高く、そして甘いのがよく分かります。他の生ハムとは比較にならないくらい、風味をもっているのです。 生ハムの最高級品といわれる純イベリカ種のベジョータは、イベリコ豚のうち10%前後しかいないというから大変貴重なものです。更に、生ハムはスペインで年間3000万本以上も生産されていますが、ベジョータは僅か70万本といわれ、生ハム生産量の2%強にすぎません。高価なわけです。黒毛和牛の最上級(A5級)精肉とほぼ同じくらいでしょう。ところで、日本に来ているイベリコ豚の殆どはセボであって、ベジョータではないらしい。ということは、セボはどんぐりを食べないので、殆どが“どんぐりを食べる豚”ではないことになります。真正のベジョータの生ハムは非常に少ないといえそうです。 それと食べ方ですが、 ![]() ところで、外国の畜産物のなかでもイベリコ豚だけは特異な位置にいるように思われます。日本が輸入している畜産物は、ほぼ全て安いことが重要なポイントになっています。外食産業などは日本産よりも安価だから外国産畜産物を買い求めます。でも、イベリコ豚やフランスのブレス産の鶏などは、バッグの世界でいえばルイ・ヴィトンやエルメスみたいなものですから、ごく少量とはいえ高くても輸入されています。冷凍の輸入ものだけれども国産品よりも確実に高価です。しかも、こうした輸入畜産品を購入しているのは日本だけでなく、アメリカやカナダ等でも、イベリコ豚の生ハムを輸入しています。銘柄豚ではなく、正真正銘のブランド豚であれば高価であっても買い付けるのです。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加すれば日本の畜産物は海外製品とは競争できないとよく言われています。しかし、ここにひとつの回答があるように思います。イベリコ豚は世界中の何処へ行っても、その国の豚よりは確実に高い。しかし、欲しい人は確実にいるのです。エルメスのケリーバッグが世界中で引っ張りだこになっているのと同じ理由で、希少価値があり、しかも高品質のものは国境を越えて売ることができるからです。日本にも世界に誇れる畜産物、例えば松阪牛や神戸牛等があります。イベリコ豚に習って、よく考えてみる価値はありそうに思うのですが、如何でしょうか。 こうして美味いイベリコ豚の生ハムを味わっていると、昔も今もイベリア半島の中部や南部に暮らす人々や動物は樫の木の恵みで生きてきたのが何となく分かるような気がしてきました。イベリコ豚はそういう土地で生まれ、スペイン人はその豚と共に生きてきたのでしょう。そのことは、この店でスペイン人たちが生ハムを食べる時の嬉しそうな笑顔を見るにつけ、スペイン人にとっての生ハムとは、フランス人にとってのチーズ、ノルウェー人にとってのサーモン、日本人にとってのマグロのように切っても切れないものなのだと思いながら、 ![]() 今回はあまりにも美味しかったイベリコ豚の生ハムに魅了されて、その話だけで終始してしまいました。次回はキロスさんのお母様にご案内いただいた、絵タイルの装飾が見事で、仔羊料理の美味しいレストランテとチューロスとチョコラーテの老舗そしてマドリードの夜を楽しんだタブラオの名店、最後に子豚の丸焼きで有名な世界最古のレストランテをご紹介したいと思います。 |
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