本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
東京のワイン・バーの思い出(1)
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此の度の西日本を中心に発生した集中豪雨により被災されました皆様には心からお見舞い申し上げます。 また犠牲になられた方々とご遺族の皆様には深くお悔やみ申し上げます。皆様の安全と被災地の一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。 さて、神戸からはじまり奈良そして大阪の思い出の味等を徒然なるままに綴ってまいりましたが、京都については何も触れずに一足飛びに東京に行ってしまうのかと思われるかもしれません。ご存知の通り、京都の味は多種多様でいっぱい書きたいことがあり過ぎますので、いつか機会がありましたらまとめて書くことにしたいと思います。ご了承ください。 東京のワイン・バーというといろいろ懐かしい思い出がいっぱい詰まっております。 ![]() 私が真っ先に思い浮かべるのは銀座8丁目にあったドイツ・ワインの店、「ワインケラー・サワ」です。因みに、酒場には2つのタイプがあり、気の合った仲間とじゃんじゃん飲んで束縛や抑圧を蹴飛ばし、思い切り自己解放させるような賑やかな酒場と、人それぞれその日の状況を持ち込んで、それを少しずつ解きほぐすようにゆったりと酒を楽しむ憩いの場所としてのバーとがあるように思うのです。「ワインケラー・サワ」はいうまでもなく後者であり、これから語る思い出のワイン・バーも全て後者であります。 ![]() ![]() ある日、エゴン・ミュラーの当主エゴン家のご子息(現在、5代目のエゴン4世)が来日するとのことでサントリーから私も招かれて、赤坂の東京本社で催された少人数のパーティに参加し、ご本人とお会いするという又とない機会に恵まれました。彼の丁寧な解説を聴きながら、“白ワインのロマネ・コンティ”とも讃えられるモーゼル・ワインの最高峰<シャルツホフベルガー>のQmP(肩書き付き上質ワイン)のカビネット(葡萄園主によって特別に推奨された特製ワイン)からシュペートレーゼ(遅摘み)、アウスレーゼ(過熟房選り)、ベーレン・アウスレーゼ(過熟粒選り)、トロッケンベーレン・アウスレーゼ(過熟乾粒一粒選り)、アイス・ワイン(氷結摘み)と、リースリング種でつくられた全ての等級(ヴィンテージはいろいろでした)を味わえるという至福の一時を過ごすことができたのです。特に、貴腐ワインクラスは私の心を揺さぶりました。正にネクタール(神酒)そのものでありました。黄金色に輝き、白桃、杏等の香りが漂い、気品があり、蜜のような複雑な甘さをもち、余韻はいつまでも続くといった、リースリング種の究極の芸術作品のように感じたものです。このことはドイツ・ワインに魅せられた大きなきっかけになりました。今では1本数十万円もする高価なワインもあって、それを惜しげもなく味あわせてもらったのです。そして吃驚したのは、彼の日本語の堪能さです。一時期サントリーのワイナリーで研修されていたとのことですが、それにしても実に流暢な日本語でした。あの頃は、私と同世代のまだ20代後半か30代前半ではなかったでしょうか。今ではエゴン家の堂々たる5代目として世界を舞台に大活躍されていますのは誠に嬉しいことです。 ![]() それとドイツ・ワインというと、モーゼルをはじめ、ラインガウ、ラインヘッセン、ラインファルツそしてナーエ等にしても、料理との相性を殊更考えずに自分の好みにあったワインを気楽に楽しめることです。つまり食事と切り離してワインそのものだけを味わい楽しむこともできるワイン、それがドイツ・ワインなのであります。 さあ、前置きはこの位にして、「ワインケラー・サワ」に戻りましょう。 ![]() 私は会社の帰りによく立ち寄っては、ドイツ・ワインの魅力を全て熟知している石澤さんからいろいろと教えを乞うたものです。彼女は本場ドイツのワインアカデミーで学んだ後にこの店を開き、 ![]() ところが、昨年6月のある日、TVのチャンネルを回していると、偶然テレビ朝日の「ごはんジャパン」という番組で、懐かしの石澤壽恵子さんが映っており吃驚してしまいました。夢中で画面を見入り、そして慌てて録画を撮りました。“緑のダイヤ”といわれる山椒の美味しい“辛み”と“香り”の秘密を求めて、京都・祇園の「れすとらん・ヨネムラ」(ミシュラン1星)のオーナー・シェフである米村昌泰さんと俳優の渡辺徹さんが日光の山椒農家を訪ねるという番組でした。そこで日光を代表する「石澤山椒園」を営む農園主として登場したのが石澤壽恵子さん、その人だったのです。3600坪の広大な畑で600本ほどの山椒の木を石澤さんお一人で育ているといいますから又々吃驚してしまいました。 その極上の山椒を使い米村シェフが腕を振るって、アスパラとさやえんどうの山椒味噌和え、青山椒をきかせた稚鮎の甘酢和え、ちりめん山椒の混ぜご飯の料理を披露していました。その時は丁度山椒の実の収穫最盛期を迎えており、取れたての「実山椒」は香り高く、ぴりぴりと舌がしびれるような辛みに二人は驚いていました。 ![]() 石澤さんは「ワインケラー・サワ」を営んでいた時に、ある御仁から山椒が身体にとても良いことを教えられ思い切って店を閉じて、この新たな事業の“山椒の道”に進まれたといいます。銀座の店を閉めた理由に漸く合点がいきました。いくつになっても好奇心を失わず、新しい道に挑戦する姿勢には大変感銘を受けました。石澤さんは確か傘寿を越えられているのではないでしょうか。サミュエル・ウルマンの『青春』の詩をふっと思い出しました ―「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。(中略)歳を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る」と。石澤さんは正に「青春」の詩そのものの人生を歩んでおられます。これこそが本当に豊かに生きるということでありましょう。素晴らしいことです。 今年、妻と一緒に収穫期頃に「石澤山椒園」を訪ねてみる積りでしたができなかったので、来年こそはその頃に訪ねて、お元気な石澤さんに久し振りにお会いできますことを今から楽しみにしております。 この機会に「山椒」について少し調べてみました。別名:Japanese pepperとも呼ばれ、日本と山椒の縁はとても深く、『魏志倭人伝』にも3世紀頃の風俗と共に、山椒が山野に自生していたことが記載されています。 ![]() 辛み成分はサンショオールといわれ、舌がしびれるような辛みと柑橘類にも通じるような爽やかな香りをもっています。熟した果実の外皮を乾燥させて粉末にした「粉山椒」を用いるほか、「木の芽」と呼ばれる若葉・新芽や、「実山椒」、「青山椒」と呼ばれる青く柔らかい若い実も風味づけに使われています。緑黄色で香りのよい「花山椒」もあります。日本の食文化に根付き、古くから愛され、健康にとてもよいとされてきたのが「山椒」なのであります。 次にご紹介するのは、先の石橋さんが1984年に銀座7丁目の裏通りに開いた、ワインセラー「ローゼンタール」です。ここも会社帰りによく通いました。石橋コレクションの厳選したドイツ・ワインは大いに楽しめました。 ![]() 私は「ワインケラー・サワ」と「ローゼンタール」の2店そしてドイツ・ワインの仲間の皆様から、ドイツのいろいろな地方といろいろな葡萄品種によって、それが相乗的にいろいろな個性をつくっていく、その違った味わいに触れる楽しみを教えて貰ったような気がいたします。そして、自分が今まで経験したものを乗り越えるような美味しいワイン、完成度の高いワインに出合った楽しみ、あるいは、古くなってもう盛りはとっくに過ぎているけれど、信じられないような時間を生きてきて、まだワインの片鱗を残しているようなものに出合えた時の歓びも知ることができました。やがてフランス・ワインに大きく魅せられ虜になった原点は、こうしたドイツ・ワインにあったように思います。ドイツ・ワインに感謝であります。 付記 本文でご紹介しました翻訳家のリチャード・フォスターさんで思い出したことがあります。それは大分以前に、フォスターさんに高校同期の親友、原田義昭さん(現、衆議院議員、弁護士)のことをお話しし、彼が高校時代にAFS(American Field Service、国際的な規模で高校生の交換留学を行っているアメリカの民間機関)で留学した時の受入れ先家庭の奥様、アイネズ・シャクレットさんが彼のことに大変感激して、 ![]() 『ヨッシーが町にやって来た』は、1960年代の良き時代のアメリカで、原田義昭さんの生き生きとしたエジソン高校での生活と一般家庭での生活ぶりが、愛情溢れた筆致で語られております。受け入れ先のアメリカ婦人が綴った、正に痛快なる“日本少年奮闘記”です。グローバル化が叫ばれて久しいにも拘らず、日本からアメリカへの大学等の留学が年々減り続けている現在、この本を読むと「私も留学したい」という気持ちになるかと思います。大いに刺激を受けること間違いないでしょう。今改めて読み返しても新鮮で面白く、高校時代の原田さんの姿が彷彿としてきて、再び感動し涙してしまいました。心温まる優しいアメリカの受入れ先家庭で、彼は本当に素晴らしい留学生活を送ったんだな、と。 今でもAmazonで入手することができますので、高校生をはじめ中学生、大学生にもお薦めの一冊です。 ![]() |
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