本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
- シャトー訪問記(その1) - シャトー・ド・サル |
今まで大分横道にそれてしまいましたので、久し振りに本来のワインの話に戻ります。 私はボルドー滞在中に、フランスの殆どのワイン産地を訪ねることができました。その中で印象に残ったいくつかの葡萄園についてこれから述べてみようと思います。 先ずは、ボルドーのポムロール地区にある<シャトー・ド・サル(Château de Sales)>からはじめてみます。ポムロール地区はドルドーニュ河の右岸にあり、偉大な赤ワインの産地としてはボルドーで最も小さい地区ですが、《ボルドー便り》vol.41でも触れましたシャトー・ペトリュスをはじめ大変高価ではあるが、心を浮き立たせるようなすばらしいワインをたくさん産みだしております。ポムロールは一般に平坦地で、広い葡萄畑の中にぽつんぽつんと田舎家風の小さな建物の集落がかたまっているだけで中核となる町もなく、メドックにあるような豪壮なシャトーは殆ど見当たりません。強いていえば、この地区のやや北東部寄りにある質素だが尖塔をもった聖堂が目印になるくらいです。その中にあって今回ご紹介します<シャトー・ド・サル>は、北西のはずれにぽつんと孤立して建つ、ポムロールでも異色のシャトーです。畑の規模も47ヘクタールとずば抜けて大きく、広壮な庭園(20ヘクタールもあります)と、ドイツ兵の鉄兜のような奇妙な形をした屋根のある壮大なシャトーを誇っています。歴史もポムロールの中で一番古く、1500年代の中頃から5世紀に亘り当地の名門家系がオーナーとなり持ちつづけています。 実は、このシャトーを訪問するきっかけは、《ボルドー便り》にも登場しましたフランス貴族のde Mさんにご紹介をいただきました。de Mさんの妹さんの友人であるマルセイユの貴族のご婦人が<シャトー・ド・サル>の現オーナーのブルノ・ド・ランベール氏の姉上様にあたり、そのお方がシャトーを訪ねられますのでご一緒にいかがですかとのうれしい便りが届いたのです。勿論、是非訪問したいとお願いいたしました。その後オーナーのド・ランベール氏から何度か連絡をいただきました。ご親切にも最寄りのリブルヌ駅まで迎えにあがりますとまで言ってくださいましたが、当日はボルドー大学の若き哲学研究者と彼の友人のフランス貴族を研究テーマにしている女性を伴って、タクシーで訪ねることにしました。シャトーへ到着しますとオーナーご自身とマルセイユのご婦人が、冬の寒空の中をシャトーの前でお待ちになって出迎えてくださいました。そして偶々パリからお越しになっておられたド・ランベール氏のもう一人のお姉様も加わって、とても温かい歓迎を受け感激してしまいました。 先ずは、シャトーの由緒ある「迎賓の間」にご案内いただきました。天井にはすばらしいフレスコ画が描かれており、周りには時代ものの大きなタペストリーが掛かる洗練された部屋です。その中央にある机の上には一冊の大きな分厚い本が置かれておりました。そこにはなんと古い日本地図の描かれたページが開かれ、私たちの訪問を歓迎してくれたのです。その大型の本はこのシャトーに遺された19世紀初頭の古書とのことでした。優しいお心遣いに感激しました。そしてこの部屋でオーナーのド・ランベール氏からシャトーの歴史等について詳しいお話を承りました。 次に広壮な庭園をご案内いただきました。凛とした冬の日差しを受けながら、静寂に包まれたフランス庭園をゆっくり歩いていますと、時おり小鳥のさえずりが聞こえてきます。そこかしこに見事な彫像が置かれていました。しかしよく見ると中には腕が切り落とされたりしているものがあります。これはフランス革命の時に傷つけられてしまったそうで、大切なシャトーの古文書もその時に殆ど焼失してしまったそうです。フランス革命は、このようなボルドーの片田舎まで戦禍を及ぼしていたのです。今は冬空に大気は静まりかえり、広壮な庭園の彼方には淡い薔薇色の光が漂っていました。静謐さのなかで、オーナーやご婦人がたの流れるようなリズムのフランス語が心地よく耳に届きます。 さあ、いよいよこれからオーナー直々に、醸造室やシェ(貯蔵庫)をご案内いただきます。冬のシャトーの中はとても冷え込みますが、お二人のご婦人もずっとつきっきりでお付き合いくださいました。今では完全にコンピュータ化された近代設備の整った醸造室になっていますが、一昔前までは温度を心配して冬の深夜に起きては何度も見回りに行ったものですと、オーナーは懐かしそうに語っておられました。私は<シャトー・ド・サル>を訪れる前にこのシャトーについていろいろ勉強していったのですが、質問するまでもなくオーナーからの懇切丁寧なご説明に、疑問点は殆ど解けてしまいました。このシャトーはシャトー・ペトリュスと同様に発酵は温度管理されたコンクリート槽で行われており、メドック地方のシャトーで見られるようなステンレス槽ではありません。それとこのシャトーはオークの新樽を一切使用していないのが特徴です。といいますのは、ここでは新樽のオークの強い匂いとタンニンを嫌っているからだといいます。大樽は近くのサン・テミリオンにある有名なシャトー・シュヴァル・ブランの一年物を購入しているそうです。ただ、2003年のワインは新樽の香りにも負けないような強いワインになるだろうから、一部試験的に初めて新樽を使ってみたと言っておられました。また3か月毎の澱引きの際には、大樽から発酵槽そしてまた樽へと移し換え、更に壜詰めの前に発酵槽で半年以上寝かせていますと、オーナーのワインに対する哲学、そして愛情が随所に惜しみなく注がれていることがよく分かりました。 これから待望の<シャトー・ド・サル>のデギュスタシオン(試飲)です。見事な梁が船底型のようにむき出しのまま何本も張り巡らされている2階の部屋に上がりますと、大きなテーブルの上には<シャトー・ド・サル>の1999年と2000年のボトルが置かれ、美味しそうなオードブルとチーズとパンが用意されておりました。いずれのワインも深みのあるルビー色をしており、ブラックチェリーやカシス等の黒系果実の甘い香りがあります。まろやかさをもった熟した果実味と絹のような舌触りを感じる心地よいワインに仕上がっていました。特に2000年は傑出していました。ここのワインは早熟なスタイルにつくられていますが、10年以上は熟成をつづけるだけの力をもっています。オーナーのワインへの思い入れ、そしてお人柄を感じさせるワインでした。 この部屋にはシャトーの有する5つの土壌の種類の状態が標本展示されており、当時醸造学部の授業でちょうど習っているところでしたので、オーナーからの説明は大変興味深くよい勉強になったことを懐かしく思い出します。 オーナーのド・ランベール氏と二人のご婦人とご一緒に語り合いながら、ゆったりとした時が流れていきました。いつもの型どおりの試飲とは一味も二味も違った雰囲気の中で大変幸せなひと時でした。ド・ランベール氏をはじめ二人のご婦人は恐らくどんな人と語り合っても和ませる、貴婦人だけのもつあの微笑ましい寛大さを感じました。私たちは上流階級のフランス人のさりげない教養溢れる会話にすっかり魅了されてしまいました。フランスの貴族社会を研究テーマにしている彼女にいわせるとフランス革命前から代々つづく貴族こそ本当のフランス貴族だとのこと。まさに然り、そう感じさせるものがございました。 私たち一人一人にシャトーの紋章の入った木箱入りの<シャトー・ド・サル2001年>のお土産までくださいました。長時間に亘ってつきっきりでご懇切なるご案内を賜りましたことに感謝しつつシャトーをあとにしました。帰りはマルセイユとパリのご婦人がそれぞれ運転する2台の車でリブルヌ駅まで送っていただきました。最後まで至れり尽くせりの歓待を受け、誠に思い出に残る楽しいシャトー訪問となりました。 <シャトー・ド・サル>のオーナーのド・ランベール氏からは毎年美しいクリスマス・カードが届きます。 |
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