本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
- シャトー訪問記(その13) - ![]() <カオールの葡萄畑> |
余話が2話つづきましたので、本来の<シャトー訪問記>に話を戻します。 初秋のある日、ボルドーで知りあった唯一の同世代の空手4段(道場師範)の猛者であるフランス人のS氏から何処でも好きな所へ案内します、とありがたい言葉を頂 ![]() 朝早く3人で出発しました。高速道路をフルスピードで走り抜けます。普段は紳士然としたS氏も車となると人が変わったようにスピード狂と化します。フランス人は何故こうも飛ばすのかといつも吃驚してしまいます。高速を降りると果樹園を通り抜け、やがて目も覚めるような風光明媚なロート川(Le Lot)沿いを走りつづけます。既にあちこちに紅葉が見られます。まだ初秋であり、南フランスに近い場所なのに既に紅葉しているのは何故か。樹木の種類が違うのかしらとS嬢は言う。S氏は道路が急に狭くなったり、でこぼこになっていたりしても慎重な運転をせずに、精々肩をすくめるくらいでスピードを落とそうとはゆめゆめ思わないのです。愛車のブレーキに絶対的な信頼をおいているのでしょうか。ようやくボルドーを出発してから2時間半ほどして、目指すシャトーに辿り着きました。 それではシャトー訪問の前にカオールのワインの歴史について簡単にお話しいたしましょう。カオールの赤ワインは、紀元1世紀の頃からローマ帝国の歴代皇帝に高く評価されていたといわれ、世界でも最古のワインのひとつに数えられています。し ![]() ![]() ![]() ここはボルドーのシャトーから比べれば簡素な館でしたが、テイスティングルームでマダムからこのシャトーのあらゆる種類のワインを飲ませていただきました。赤ワインは<ジェ・セ(GC)2001年>、<ル・セドル(Le Cèdre)2001年>、<ル・プレスティジュ(Le Prestige)2001年>、<セドル・エリタージュ(Cèdre Héritage)2000年>、そして白ワインはヴィオニエ種の<ル・セドル・ブラン(Le Cèdre Blanc)>でした。赤ワインはどれもノンフィルター(ろ過せず)で、全てがこの土地独特のマルベック(オーセロワ)を90~100%使用しています。特に、樹齢45年以上のマルベック種の葡萄100%からつくる<ジェ・セ(GC)2001年>と樹齢30~40年のマルベック種(90%)とメルロー(10%)の葡萄を使い、新樽100%で20ヶ月寝かせた<ル・セドル2001年>は実に秀逸なワインでした。これらはボルドーのグラン・クリュ・クラッセ(特級格付け)並の高価格であることが後で分かりました。美味しいわけです。カオールのワインはインクのように色が濃くて、タンニンが強すぎるため最低5年は待たないと飲めないと言われておりますが、これらのワインは滑らかで、果実の凝縮感のあるすばらしいワインに仕上がっており、充分に堪能することができました。 ![]() 次なるシャトーは、ボルドー並みの堂々たる威容を誇る<シャトー・ド・シャンベール(Château de Chambert)>です。このシャトーは既に16世紀に存在していましたが、フィロキセラ(phylloxéra,「フィロキセラ・ヴァスタトリクス」の一種で、葡萄の樹に寄生し、根を攻撃する害虫。1860年代からその世紀末に亘って殆どのヨーロッパの葡萄畑を全滅させた)により完全に荒廃してしまい、本格的な復興に乗り出したのは漸く1973年になってからで、最近は有力なステファン・ドゥルノンクールを葡萄畑の管理と醸造のコンサルタントに迎え入れてから飛躍的に質が向上したといわれています。私が訪ねた時にはまだマルベックを主体にした平凡なワインでしかなかったように思います。シャトーの建物の威容さだけでは必ずしもワインの質は測れないことが、この2つのシャトーを訪問して良く分かりました。 今度はカオールの美しい町をご紹介しましょう。先ず、世界遺産に登録されている、 ![]() ![]() この橋は160mもの長さに3つの塔を持つ、正に城塞の景観を呈しています。時おりの静寂さをはさみながら、様々な人々が橋を往き来し、中世と現代を結んでいるように思いました。ちょうど橋の横の運河では水門(エクリューズ、Écluse)で運河の水位を上げて船を送り出している光景に出合いました。この橋から眺める対岸の旧市街の風景は実にすばらしい! この橋から少し駅の方向に歩いて、並木通りに出たのでふっとプレートを見ると「アンドレ・ブルトン大通り(Avenue André Breton)」とあり、あの有名な詩人の名前かとしげしげと眺めたものです。そういえばカオールの東方にあるロート川の渓谷をのぞむ、フランスで最も美しい村といわれるサン・シルク・ラポピー(St-Cirq Lapopie)というステキな地名は、晩年のアンドレ・ブルトン(1896-1966、フランスの詩人、文学者、シュルレアリスムの「父」)がここを訪れ感動し、毎夏ここに住むようになったと本で読んだことを思い出しました。 そして岸から眺めるとこの橋は予想以上に大きいことが分かります。百年戦争の時にも、16世紀にアンリ4世によって包囲された時にも陥落したことなど一度もないといわれています。古武士の風格を湛えた中世の一大モニュメントであることが実感できました。 ![]() さて、私たちは一旦ロート川沿いのホテルに荷物を解いて、これからいよいよ古都カオールの美しい旧市街の探訪に出掛けることにいたします。 次回はカオールの旧市街、それから帰りに立ち寄ったアルズー渓谷の切り立った絶壁にひっそりたたずむ小さな村ロカマドールやペリゴール地方の洞窟、そして美しいサルラの町等についてご案内したいと思います。 |
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