本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 - 余話のまたまた余話<ワイン会と西馬音内盆踊り(1)> -


<岩牡蠣とシャブリ>
 今回は<シャトー訪問記>を一休みして、先月17日に秋田の老舗料亭「櫻山(おうざん)」(秋田県雄勝郡羽後町)で開催した<岩牡蠣とワインを楽しむ会>、そして<西馬音内(にしもない)盆踊り>についてお話してみたいと思います。
 一昨年につづき料亭「櫻山」の広大な庭に建つ、寄棟平入・二階建て、玄関ポーチにはむくり破風の屋根のかかった秋田伝統の建築様式美を誇る、安岡正篤の命名による由緒ある「対川荘(たいせんそう)」で、<岩牡蠣とワインを楽しむ会>を催し、東京方面から大勢の会員の皆様にご参加いただきました。川と森を取り込んだ林泉式の庭園には幹回り5メートルもある樹齢700年ともいわれる巨大な欅などが林立しています。大きな男鹿石も鎮座しています。ここは高浜虚子と共に正岡子規の門下の双璧と称された河東碧梧桐が長逗留したところとして知られていますが、ほかに寺崎廣業(日本画家)、羽仁五郎(歴史家)、亀井勝一郎(文芸評論家)、白井晟一(建築家)、岡本太郎(芸術家)、井上靖(作家)など、数多くの文人墨客が旅客となっています。当時滞在していた漂白の画家蓑虫山人は、ここの庭を俯瞰している画を一幅描いており、「作庭者は蓑虫」という巷説も残っています。「対川荘」の一隅の露地には河東碧梧桐の句碑、“一色(ひといろ)に菊白しきるまじと思ふ”が立っています。
 今回の料理のメインは何と言っても日本一美味しいとされる大ぶりの秋田産の岩牡蠣です。そして「櫻山」の地元食材を生かした美味なる料理の数々に、シカゴのオークションで落札し空輸した銘醸ワインを合わせて楽しもうというこころみです。定刻12時なって会を始めようとしたところ、女将から今日のために東京・西麻布の懐石料理の名店から腕利きの料理人を招いて、「櫻山」とのコラボレーションによる料理をお出しします、との粋な計らいに一同吃驚してしまいました。当日の料理とワインをご参考までに下記します。
        [料理]             [ワイン]
先付け  焼き鱧、トマト寄せ、毛蟹、  Alsace Muscat Glintzberg 2009
      翡翠茄子緑酢掛け       (アルザス・ミュスカ・グリンツベルグ)
                         Domaine Roland Schmitte
お椀   玉蜀黍すり流し          (ドメーヌ・ロラン・シュミット)

お造り  岩牡蠣               Chablis Grand Cru Vaudésir 2003
                          (シャブリ・特級・ヴォーデジール)
                         Domaine Louis Michel
                          (ドメーヌ・ルイ・ミシェル)
小鉢三品 ジャガイモ磯和え
       鮑 焼き茄子ずんだ和え
       風味かぼちゃ

冷物    羽後牛しゃぶサラダ      Château Gruaud Larose 1979
                           (シャトー・グリュオ・ラローズ)

揚げ物  岩牡蠣と鱧のフライ
       野菜ソース

食事   茗荷ご飯

甘味   冷製メロン            Vintage Port 1997
                          (ヴィンテージ・ポート)
                         Graham's
                          (グラハム)
ということで、「櫻山」の由緒ある館で、美しい広大な庭を眺めながらのワイン会は大変満足のいく催しとなりました。今回は折角の機会ですので主催者の私もワインの講釈はできるだけ少なくして、皆様とご一緒に楽しませてもらいました。地元食材を使ったすばらしい料理の数々に、すっかり堪能させられた夏の昼下がりの一時となりました。特に、大ぶりでふっくらクリーミーな濃厚で磯の香りのする「櫻山」自慢の岩牡蠣を、ご主人が皆様の夫々の目の前で開けてくださり、殻から一気に啜る時の醍醐味はまさに圧巻でした。あの美味しさは格別です。実は、岩牡蠣に合わせる白ワインは何を選ぶべきか正直迷いました。ブルゴーニュのムルソーにしようか、ピュリニ・モンラシェにしようか、それともロワールのサンセールかミュスカデにしようか、それともボルドーのグラーヴにしようかと。でも最終的には、世界の定番である「生牡蠣にはシャブリ」に落ち着きました。さすが、そのマリアージュ(結婚)は見事期待に応えてくれました。シャブリの三大ドメーヌの一つと高い評価を受けている名門ルイ・ミシェルのつくる<シャブリ・特級・ヴォーデジール2003年>は、樽仕上げをしないステンレス槽だけで発酵・熟成させたシャブリとして知られています。その純粋で、ミネラル香や十分に熟した果実の香りやロースト香そして甘いお菓子のような優しい香りもあって、遠くにシャブリ特有の火打石の香りも感じ取れます。澄みきって、メリハリのある風味のすばらしいワインでした。こういうシャブリに出合え、美味なる岩牡蠣と共に味わえるのは何とも幸運で、うれしいものです。
 ところで、フランスでは生牡蠣をどうやって食べるのが一番美味しいのかについて食通の間でも種々議論のあるところです。エシャロットのソースでか、レモン汁でか、あるいは生のまま何もつけずに食べたらどうかと。私は何もつけない生牡蠣を好みます。生の牡蠣をかみしめて、海の様々な要素、あのヨードを含んだ磯の香りはもとより、その香りが連想させる海の全景だの、数多の海の幸だの、更に大海原の存在そのものさえも、じっくりと楽しめるからです。そういう醍醐味を今回の岩牡蠣はものの見事に味あわせてくれました。でもレモンの味は生牡蠣の香りとうまく融合し、牡蠣の風味にマッチしています。ボルドーではレモンと共にエシャロットのソースが必ず付いてきました。要は「生牡蠣はあなたの口に一番良く合う食べ方で召し上がりなさい」と言うことでしょう。
 地元産の柔らかな美味なる羽後牛には、ボルドーのサン・ジュリアン村の銘醸ワイン<シャトー・グリュオ・ラローズ1979年>の古酒(31年もの)を合わせて楽しみました。このワインはボルドーの有名な酒商コルディアが所有していた頃の貴重な逸品です。熟成に20年以上は要するワインといわれるだけあって、サン・ジュリアンの中で最も巨大で、力強い長期熟成に向くワインに仕上がっていました。31年の長き時を経て飲み頃を迎えており、プラムやブラックチェリーを思わせる果実の熟した風味をもち、フルボディで、適度なタンニンを含んだ典型的な<グリュオ・ラローズ>でした。非常に芳醇で、豊かで、ビロードのようなキメ細かさは、明らかにこのヴィンテージの最高の出来でしょう。美味なる羽後牛にはぴったりのワインでした。
 最後は地元産の熟成度合いの心地良い「冷製メロン」と「ポルトガルの宝石」と讃えられるポートワイン、その中でも最もすばらしくて複雑な深い味わいを秘めた<ヴィンテージ・ポート1997年>で締めくくりました。芳醇で甘口と評価の高い、傑出した生産者といわれるグラハムのつくるものです。色は宝石の深紅色を帯びています。香りは13年を経ても若々しさを保ち、ブルーベリーやラズベリーの果実香を漂わせ、かすかに木の香りも感じ取れます。生き生きとしており、新鮮なスタイルのヴィンテージ・ポートです。でも味わいは豊潤で、クリーミーでキメの細かさを感じさせます。タンニンが幾層にも重なります。スパイシーな風味も感じます。力強く、アロマティックな偉大なヴィンテージ・ポートでした。最後は皆様と庭に出て午後の陽射しを浴びながらポートを楽しみました。
 こうして3時間近くに亘る楽しい宴は無事終わりました。その後近くの温泉に行き、広大な横手盆地を眺めながらゆっくり湯につかり旅の疲れを癒しました。いつもの銀座のワイン会とは趣の全く異なる地で皆様にお喜びいただくことができてうれしい限りです。前回「櫻山」で催した松茸づくしのワイン会同様に遥々秋田まで訪ねてきた甲斐があったというものです。主催者冥利に尽きます。料亭「櫻山」はミシュランのいう、遠くても訪ねる価値のあるお店だと思いました。「櫻山」のご夫妻をはじめスタッフの皆様には感謝の気持ちで一杯です。来年春には皆様のご要望により、早やくも<ずわい蟹とワイン、そして桜を愛でる会>を「櫻山」で開催する予定にしています。
 夜は今回のもう一つの大きな楽しみである<西馬音内盆踊り>が待っております。実は一昨年10月に訪ねた時にも「櫻山」の玄関の回り廊下で、特別に<西馬音内盆踊り>を踊って貰い、その幽玄で妖艶な踊りにすっかり魅せられてしまいました。鳥海山系を背にしたこの雪深い農耕の里に、何故にこのような優雅な踊りが現れたのだろうかと不思議な思いに駆られました。そして機会があれば盆踊り本番の時に是非来て見てみたいとの強い思いを抱いたのでした。それが間もなく実現いたします。
 「櫻山」の女将の御父上様によると、子供たちを含めた踊りの終わる9時ごろから上手な踊り手が次々に登場し一番の見頃になるとのことで、それまで「櫻山」で稲庭うどんとボタン海老や地元産の野菜の天麩羅と枝豆に舌鼓を打ちながら、御父上様から<西馬音内盆踊り>に纏わる興味あるお話しの数々を伺うことになりました。
 <西馬音内盆踊り>は、40年前に日本中に伝わる数多くある盆踊りの中で、文化庁から重要無形民俗文化財に指定された第1号であること。<西馬音内盆踊り>は、今や神事であるかのよう言われるが、盆踊りはあくまで盆の行事であり、盆は父母をはじめ祖先の霊を供養するため百味百花を添えて祭る行事である。霊に対し粗相があると祟りがあるとされ、祟りは恐怖の対象だった。だから霊に長居されては、日々の暮らしも、間もなく始まる秋の刈り入れもままならないため、数百年に亘り盆には期限を設けて霊に対する歓待と送りを行ってきたのですと。もともと霊を送るための盆踊りは異類異形のいでたちで、風流の装いであったとされる。風流とは非日常の仮装を指していたという。そこで祖先の霊に機嫌よく帰ってもらうために、風流な装いを凝らした。それが<西馬音内盆踊り>の特徴である文楽の人形遣いさながらにすっぽり顔を隠し目だけを出した「彦三(ひこさ)頭巾」と妖しい美をかもしだす「端縫い(はぬい)衣装」の始まりらしい。そうこうお話しいただいている内にいつの間にか9時近くになり、待ちに待った盆踊りを見に出掛ける時間が迫ってまいりました。
 次回は、河東碧梧桐をして「初めて絵になる盆踊りを見た」と言わしめた、<西馬音内盆踊り>のすばらしさを読者の皆様にお伝えしようと思います。



 


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