本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
- アルケスナン王立製塩工場(1) - ![]() <アルケスナン王立製塩工場> |
<シャトー訪問記>からまた暫し離れて、皆様を18世紀に建てられたジュラ(フランシュ・コンテ地方)のアルケスナン王立製塩工場(La saline royale d'Arc-et-Senans)にご案内したいと思います。 その途次に、de Mさんのご両親の貴族仲間であるde S夫人の広壮な館に立ち寄りました。ご高齢であるため、昼食は私たちで作ろうと食材をマルシェ(市場)で購入して訪ねました。到着を告げると大きな門扉が自 ![]() ![]() さあ、それでは1982年にユネスコの世界遺産に登録された、ジュラの平原に忽然と姿を現すアルケスナン製塩工場をご案内しましょう。私はこの18世紀に建てられた王立製塩工場の建築美に圧倒されました。そしてこの製塩工場を建設した建築家クロード・ニコラ・ルドゥー(Claude Nicolas LEDOUX)に大変魅せられ、帰国後に文献を読み漁り、18世紀のフランス建築のすばらしさを改めて知るところとなりました。ここは製塩工場の裏に広がるショーの森(Forêt de Chaux)から名前を取って、ルドゥーが著作に使った“ショーの製塩工場”と呼ぶ場合がありますが、ここで ![]() 先ずは、この製塩工場を設計し完成させ、その後に数奇な運命を辿ったフランスの建築家、クロード・ニコラ・ルドゥーとは如何なる人物であったのかを少しく語ってみたいと思います。ルドゥーは1736年にフランスのマルヌ県に生まれ、若い時に新人の建築家としてルイ15世に登用され、その時代に成功した建築家の一人になりました。1760年代以降、ルドゥーはパリの社交界からの注文を頻繁に受けるようになっていきます。特に、ルイ15世の寵妾であったデュ・バリー夫 ![]() アルケスナンの製塩工場の仕事は、1775年に始めて1779年に完成します。フランス革命の10年前のことでした。またパリの市の門、これは関税徴収のための門ですが、この一連の仕事の注文が舞い込んできて、1785年から1789年にかけて、55の門を設計し完成させました。ところが、ルドゥーは1789年に起こったフランス革命前に、理由がはっきり分からないまま突然解雇されてしまうのです。彼の係わった建築のうち、製塩工場は王の直営工場でした。塩の生産販売は王が独立していて、国の財源を確保するための王の重要な仕事のひとつでもありました。 ![]() アルケスナン王立製塩所の魅力は何と言っても、装飾要素を極力簡略化し、非常に単純化した幾何学的デザインの石 ![]() この製塩工場の半円形の平面図は見事です。中央に建つ監督官の館の前に立って手を叩くと、半円形の半周からぱっと音が返ってくるようにさえ思えます。これはとても印象的で、建物の壁面がわずかに湾曲しながら中心に向かっていることが分かります。ルドゥーが半円形にした理由のひとつは、太陽の運行だといわれています。 ![]() このような太陽の運行を主体とした宇宙観は、少し飛躍し過ぎるかもしれませんが、旧オーストリア・ハンガリー帝国の人智学者、ルドルフ・シュタイナーが20世紀初頭に提唱した葡萄栽培における究極の有機農法、ビオディナミ(Biodynamie,生力学栽培)にも通じるように思います。著書『四季の宇宙的イマジネーション』の中で、「四季の風や気候の中に動くもの、種子の力の発露、地の実り。太陽の力の輝きの中に生きるもの、それら全てはたとえ人間に意識されずとも、呼吸や血液循環に劣らず、大切で意味深いものなのです。季節の観察とは、偉大な宇宙的芸術を理解することであり、天界が地の刻印するものを力強く、かつ人間の心情の中で現実となる像の形で再び生かすことなのです」と述べています。 製塩工場の全体の構成を説明しましょう。中心に監督官の館があり、その真正面にゲート、正門があります。このゲートを通り抜けて、一本の直線が延々と田園を通り抜けて遥か向こうまでずっと一直線に繋がっています。一つの中心から半 ![]() かつてここが製塩工場として機能し活動していた時は、岩塩が水に溶けた状態の塩水を採掘場からここに引いてきて、後ろのショーの森の木を切って燃やして蒸留して塩をつくっていたのです。計画では年間6万トンの塩の生産を見込んでおり、最盛期には250人ぐらいの人が住んでいたといわれています。当時、塩は肉や魚などの保存に用いられていたため需要が高く、大変貴重な食品のひとつでした。 ![]() 半円形の中心に鎮座している監督官の館は位置的にも形としてもひときわ目立つ存在です。それは王立の製塩工場の監督官は王の代理人、よって王そのものだったのでしょう。王ないしは王の代理人が中心にいて、全ての方向に見通しがきくことです。では、何故ここに中心があり、中心に王が座っているのでしょうか。それは理性神学ともいわれるニュートン的な宇宙観をベースにして太陽の運行と重ねながらも、片方では逆に、中心に王の座を定めています。王の周辺を全てが回転する、ここに立っていると太陽さえも回転するように思えてきそうです。 今日なお残っているこの製塩工場は、おそらく抑制されてはいても生きながらえているルドゥーの意志に即して実現された、最も壮大な夢想を遺す建築物であり、この建築家の運命が描き出されているように思えてなりません。 “ars longa,vita brevis(芸術は長く、人生は短し)” アルケスナン製塩工場の魅力を少しご紹介しただけで、紙数が尽きてしまいました。次回はルドゥーが描いた「ショーの理想都市」を含めて、更に述べてみたいと思います。 皆様、この一年間、駄文をご高覧くださりほんとうにありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 お元気で、良いお年をお迎えください。 |
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