本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
シャトー訪問記(その34)
![]() <シャトー・ランシュ・バージュ(Château Lynch Bages)> |
私たちはシャトー・コス・デストゥルネルを後にして、次なる訪問地ポイヤック村のシャトー・ランシュ・バージュへ向かいます。途中、偉大なシャトー・ラフィット・ロートシルトへ立ち寄ることにしました。
![]() およそこの世の最高をワインに求めるとしたら、衆目の一致するところは、やはりボルドーのシャトー・ラフィットか、ブルゴーニュのロマネ・コンティのどちらかに落ち着くのではないでしょうか。でも、この2つの葡萄園には歴史上の因縁があるのです。ルイ15世の時代に入って、王の寵妾マダム・ポンパドゥールとコンティ大公がフランスの最高の葡萄園を手に入れようと猛烈な闘いを演じることになります(vol.93をご参照ください)。この争いは結局、大公の勝ちになり、 ![]() 偉大なるシャトー・ラフィット・ロートシルトに敬意を表し、歴史上のエピソードの一端をご紹介しましたが、先を急ぎシャトー・ランシュ・バージュに向かうことにします。ここは同行したキロスさんがボルドー大学に在学中に1年間ほど働いたことがあるとのことで、全てアレンジをしてくれました。午後5時からという遅い訪問を許可していただいたのも彼のお蔭でしょう。カズ家の結婚式に出席し、3代目オーナーのジャン・ミシェル・カズとも親しく何度かお会いしているそうです。キロスさんはボルドー大学在学中にいろいろな経験をされており、今回宿泊したボルドー随一の老舗ホテル「ブルディガラ」(5つ星)でも働いていたことがあり、 ![]() また横道に逸れてしまいました。シャトー・ランシュ・バージュに集中します。少し早目に着いたので、寒風吹きすさぶ中を最近シャトー周辺にできたという“バージュ・ヴィレッジ”を訪ねてみました。すると、洒落たビストロをはじめ地元の肉屋さん、パン屋さん、ブティック、そして子供たちの遊び場まで整備された、ひとつの小さな町のようになっており吃驚してしまいました。以前訪れた時とは全く違う様相を呈していました。シャトーの見学に訪れた観光客がワインと共にここでより楽しめるためのエリアをつくり上げたそうで、良いワインはその土地からの恵み、シャトーだけが潤っていても土地の恵みに感謝していることにはならない、との3代目オーナーのサービス精神から生まれたものらしい。でも正直のところ、私は葡萄畑に囲まれた中にある以前の静かなシャトーの佇まいの方が好きです。 ここでシャトー・ランシュ・バージュの簡単な歴史を振り返ってみたいと思います。ここは16世紀まで遡れる由緒あるシャトーですが、18世紀の初めにアイルランドからメドックに移住してきたトーマス・ランシュ家に、シャトーの所有者の娘さんが嫁いでからランシュ家のものとなりました。子息はフランス革命直後にはボルドー市長を務め、伯爵の爵位まで授かっています。ランシュ(Lynch)というフランス語では聞き慣れない名前は、アイルランドに由来(Lynch=リンチ(私刑)というおかしな名前)していますが、バージュ(Bages)の方はここにバージュの集落があるからです。同家はシャトーにランシュの名を残しましたが、19世紀になるとシャトーを手放し、その後何人かの手を経て1939年にジャン・シャルル・カズが正式にシャトー・ランシュ・バージュを取得し、ここからカズ家の物語が始まります。シャトーはその後、息子のアンドレ、次いで孫のジャン・ミシェルに継承され、現在は同名のひ孫のジャン・シャルルが4代目を継いでいます。このカズ家はなかなかの実力者揃いで2代目アンドレはポイヤック市長を長く務め、メドックきっての名士になっています。社交的な3代目ジャン・ミシェルは、メドック・グラーヴ・ポンタン騎士団の団長となって、ボルドーのワイン大使として世界中で活躍をしておりました。 ![]() さて、シャトー・ランシュ・バージュは1855年格付けの第5級ですが、歴代オーナーの弛まぬ努力により今やその品質と評判は高まる一方で、現在は第2級の実力をもっているとさえ高く評価されています。その世界的名声を得るまでに急成長させた立役者は、やはり何といっても3代目のジャン・ミシェル・カズでしょう。今回は残念ながらお会いすることができませんでした。 シャトーではお二人のお嬢さんが付っきりで詳しく案内をしてくださいました。ところが案内の途中で突然シャトー内が停電となり真っ暗闇になってしまいました。今まで何度となくシャトーを訪問してきましたが、このような事態に出くわしたのは初めてのことです。ポイヤック村の何処かで木製の電柱に車が激突して村全体が停電になってしまったらしいのです。恐らく運転者はワインを飲んで酔っ払っていたのでしょうか。ワインの温度管理の方は緊急時でも自家発電でコンピュータが作動しているので大丈夫とのこと。以降はお嬢さんが蝋燭ならぬ懐中電灯を片手に案内してくれたのですが、それでなくとも寒い日でしたので、醸造所内は零度を遥かに下回っており、身体は冷え切って正直説明を聞いているどころではありませんでした。でも、二人のお嬢さんはさすがプロで、 ![]() ![]() 寒い中で一通りの説明を受けた後に、少し夕陽の射すテイスティング・ルームで、<シャトー・ランシュ・バージュ2009年>と、サン・テステーフに同家が所有する<シャトー・レ・オルム・ド・ペズ2009年>を比較テイスティングしながらやっと一息つきました。2009年というビッグ・ヴィンテージのワインはすばらしく、特に、アルコール度数(13.5%)、ポリフェノール濃度共に史上最も高かったといわれるこの年の<ランシュ・バージュ>はゴージャスで、香りはイチジクや黒系果実の濃厚で甘い香りが漂い、西洋杉や樽のロースト香のニュアンスも感じます。タンニンは堅牢というよりか馴染み易く酸味は控えめでした。今後30年程は楽しめそうです。 今回の訪問は停電という思わぬ事態が発生しましたが、友が言うようにこれはこれで貴重な経験だったのかもしれません。 最後にカズ家のホスピタリティー・ビジネスのひとつである、「シャトー・コルディヤン・バージュ」をご紹介しましょう(vol.29をご参照ください)。シャトー・ランシュ・バージュの集落を街道に向かって下った直ぐのところにあります。3代目のジャン・ミシェル・カズが17世紀の優美な古城を買い取ってルレ・エ・シャトー(Relais et Châteaux)にしました。質の高いすばらしい料理と心のこもったサービスと洗練された魅力あるスペース、落着きやリラックスできる場所を保証する、 ![]() ここ「コルディヤン・バージュ」ではもう一つ思い出があります。それは初めて訪れた17年前のことでした。朝食を一人で食べていた時に、隣の席で同じく一人で食べていた紳士が言葉を掛けてくださり、それから一頻りワイン談義がはじまったのです。あなたが今、注目しているワインは何かと質問されたので、グラーヴのシャトー・ド・フューザルの白と答えたところ、 ![]() 夕闇迫るメドックを後にして、ホテル「ブルディガラ」に急いで戻り荷物を取って、今宵ボルドーで最後の宿となる「ヴィクトリア・ガーデン」へ向かいます。ここは私がボルドー滞在中ずっとお世話になった思い出のホテルです。 次回はフランスとスペインにまたがるバスク地方(ビアリッツ、サン・ジャン・ド・リュズ、サン・セバスチャン)の旅をお話ししようと思います。 |
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