本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏 |
懐かしい神戸の街(2)
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福岡県朝倉市、東峰村、添田町そして大分県日田市を中心に発生した九州北部の豪雨災害で犠牲になられた方々に改めまして鎮魂の祈りを捧げます。また各地で甚大な被害を受けられた地域の皆様、関係の皆様には心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。 ![]() 東京・本社から関西へ出張の時、宿は大阪でなく神戸の「ポートピアホテル」を常宿にして高層階の部屋を予約し、窓外に広がる神戸の港と六甲の山並みの美しさを缶ビールを飲みながら飽かず眺めていたものです。そして、当時このホテルには、フランスの有名な三ツ星料理人アラン・シャペル(ポール・ボキューズやピエール・トロワグロそしてジョエル・ロブション等に多大な影響を与え、料理界の神様と崇められてきたフェルナン・ポワンのヴィエンヌにある<ラ・ピラミッド>(vol.64、65)で修業を積んだあと、リヨン郊外のミヨネーで<アラン・シャペル>を開く)の経営するフランス国外唯一の店、レストラン<アラン・シャペル>が31階にあって、偶に贅沢をして料理とワインを楽しんだこともありました。しかし、今や伝説の料理人とも謳われるアラン・シャペルは52歳の若さで急逝し、このホテルの店も残念ながら2012年に閉店してしまいました。 ![]() このように神戸の街から、懐かしくも好ましい“神戸”が消えていき、私のなかで“神戸”のイメージが段々と遠のいていく気がして寂しさが募ります。先にお話ししましたように、既にバー<アカデミー>やレストラン<ハイウエイ>といった名店は消えてしまいました。確かにあの大震災が神戸にもたらした影響はものすごく大きかったと思います。 そこで、今はなき神戸の名店をもう少し紹介しながら、皆様とご一緒に良き時代の“神戸”に思いを馳せてみたいと思います。幸い、50年ほど前に当時の店の様子をこまめに綴った、私の『食べ歩き帖』を書架の片隅で見つけました。このページを開くと、その時、何処にいて、誰と、何を食べ、何を飲んでいたのか、過去がたちまち蘇ってきます。暫しお付き合いください。 如何にも神戸らしい店といえば、真っ先にあげるのは<キングス・アームス(King’s Arms Tavern & Steak House)>でしょう。神戸市庁舎の筋向こうのフラワーロードにありました。当時、神戸でローストビーフといえば、<キングス・アームス>が有名でした。 ![]() 私の『食べ歩き帖』には、「東京から訪ねてきた親友T君にわがフィアンセを紹介。三人で夕暮れ時のフラワーロードを散策した後で立ち寄った店。神戸ステーキをご馳走しようと張り切ったが、大型クルーズ客船が神戸港に到着したのか生憎品切れで、代わりに当店自慢のローストビーフとフランクフルト・ソーセージを注文。両方とも美味なり。赤ワインとの相性はぴったりだ。又ここのローストビーフ・サンドイッチもなかなか乙な味で、パンの上に熱いローストビーフをのせてグレービーソースをかけ、薬味はホースラディシュ、ビールとよく合う。英国風パブらしくパイント・グラスに注がれたビールとフィッシュ&チップスが定番。ここには珍しい水冷式の樽があり、いつでも冷えた生ビールが飲めた。ローズウッドの壁や天井の至る所に各国からの客の名刺が貼ってある。そして、矢投げ遊びのゲーム盤(ダーツ・ボード)が壁にしつらえてあり、開業当初から外国人の船乗りを中心にダーツ大会が催されていたという。わが国で初めてダーツのゲームが行われたのも、ここ<キングス・アームス>のようだ。異国情緒たっぷりの店である。その時の客も殆どが外国人であった。いつも心地よいビートルズの曲が流れていた。帰りぎわに、T君はわがフィアンセに「外は寒いでしょうから、僕のコートをどうぞ」と言いながらスマートに肩に掛けてやっている。少々気障ながら堂に入った仕草に感心した。フィアンセはすっかり感激し、それ以来このことは語り草になっている」と記してある。若い頃の懐かしくも楽しい思い出だ。 ![]() この店は谷崎潤一郎原作の映画「細雪」(1959年、島耕二監督)で、藤岡家の四女妙子(叶順子)の人形作品展の会場として登場しました。因みに、轟夕起子(長女鶴子)、京マチ子(次女幸子)、山本富士子(三女雪子)といった大女優が演じておりました。また村上春樹原作の『風の歌を聴け』の映画化版(1981年、大森一樹監督)でも一シーンに出てきます。そして、石原裕次郎と浅丘ルリ子共演の映画「夜霧よ今夜も有難う」(1967年、江崎実生監督)では、重要な舞台としてロケ地にもなりました。この店は大震災でダメージを受けたものの、それでも壊滅状態のフラワーロードの建物の中で健気に建っていましたが、震災後3年経った1998年に残念ながら閉店してしまいました。 ![]() ![]() ところで、今回もなくなってしまった神戸の懐かしい名店の話ばかりに終始してしまいましたが、何故、銀座のバー<ボルドー>や神戸のバー<アカデミー>をはじめ<ハイウエイ>、<キングス・アームス>そして<テキサス・タバーン>などの親しみがあって味のある古い木造建築が次々に取り壊されていくのでしょうか。後継者や維持の問題、そして土地の再開発や大震災等のいろいろな事情があったにせよ不思議でなりませんでした。ある意味では市井の人たちがつくり上げた、その当時を思い出させる貴重な文化遺産のひとつだと思うのですが・・・、少し感傷的になり過ぎでしょうか。 西洋は石や煉瓦の建築が多いから古いものが残っているが、日本のは木造だから長続きせずにいとも簡単に取り壊されてしまうのだろうと常々思っておりました。ところが、英文学者の吉田健一(1912-1977)は、それは尤もらしい嘘であると、 ![]() ![]() 次回も懐かしい神戸についてもう少し語っていきたいと思います。 ![]() 「だからもろもろの物を利用してそれをできるかぎり楽しむことは賢者にふさわしい。たしかに、味のよい食物および飲料をほどよくとることによって、さらにまた、芳香、緑なす植物の快い美、装飾、音楽、運動競技、演劇、そのほか他人を害することなしに各人の利用しうるこの種の事柄によって、自らを爽快にし元気づけることは賢者にふさわしいのである」(スピノザ『エチカ』より)。 |
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