本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 - シャトー訪問記(その4) -


<シャトー・コス・デストゥルネル>

 このような紀行文の類いは読者の皆様、特にワインに関心のないお方には相当退屈な話かもしれませんが、私がシャトー(葡萄園、城館)訪問をきっかけに思い出を交えながら、現実の旅の後になって、ボルドーを中心にした旅の体験もしくは旅を通して得た知識をもとに綴ったものです。もう暫くつづけてみますので、お暇の折にお読みくだされば幸甚です。
 今回は先ず、ボルドー・メドック地区の最北端の村、サン・テステーフにある<シャトー・コス・デストゥルネル(Château Cos d'Estournel)>からご案内いたしましょう。《ボルドー便り》vol.29に書きましたように、10年程前に妻と共にポイヤック村を訪れた際に、マウンテンバイク(VTT)でメドックのシャトーを朝から晩まで夢中で訪ね回りました。あの収穫間際のたわわに実った葡萄そして葡萄畑の美しさはいまだに忘れられません。
 それでは出発いたします。銘酒街道沿いに、左手に<シャトー・ラフィット・ロートシルト>を眺めながらマウンテンバイクを漕いで行くと小川に出合います。うっかりすると見逃してしまいそうな小川ですが、これがポイヤックとこれから訪ねるサン・テステーフの村境になっているのです。ふうふう言いながら坂を上りつめると、そこに忽然と異国情緒溢れるシャトーが目に飛び込んできます。これこそがボルドー愛好家の垂涎の的、1855年の格付け第2級のワインをつくる<シャトー・コス・デストゥルネル>なのです。屋根にパゴダを頂く、東洋の香り漂うシャトーが屹立しています。スタンダールは『南仏旅日記』の中で、この地を訪れた様子を印象深く語っています(《ボルドー便り》vol.36をご参照ください)。ここの葡萄畑は著名な隣人、<シャトー・ラフィット・ロートシルト>と地続きで、その畑を見下ろすような位置にあります。丘陵状になった畑の上部はカベルネ系、下部にはメルロの葡萄樹が植えられていますが、その比率は60対40と他のメドックのワインに比べてメルロの比率が高いのが特徴です。それゆえ、<コス・デストゥルネル>のワインはエレガンスとフィネスを備えているといわれています。今や格付け第1級に限りなく近い、スーパー・セカンドと評価されている所以です。この時は、予約をしていなかったので残念ながらシャトーの中に入れず、外側から眺めるだけに終りました。
 ためしに隣の<シャトー・コス・ラボリィ>を訪ねたところ、マウンテンバイクでやって来たと話すと、予約なしでも快く迎え入れてくださいました。シャトーの中をゆっくりと案内していただき、いろいろの年代のワインまで試飲させてもらいました。その上、帰り際にはシャトーのオーナーまでお出ましくださり、かの有名な1855年の格付け表の復刻版を直々に手渡していただき、すっかり感激してしまいました。フランスではトゥール・ド・フランスに見られるように、何しろ自転車は人気があり歓迎してもらえるのです。ここは銘酒街道といわれているくらいですので、恐らくドライバーは誰でもシャトーで試飲を楽しんできたはずです。マウンテンバイクの横をビュンビュン飛ばして追い越していきますので怖いくらいです。よくぞメドックの最北端の村まで遥々無事に訪ねて来たものだと、<コス・ラボリィ>のオーナーは労をねぎらってくれたのかもしれません。かくいう私も2日間に亘って試飲を重ねた帰りは、まことにいい気分でマウンテンバイクに跨っていました。この銘酒街道を通る限りは誰でも素面で通り過ぎることはできないでしょう。<コス・ラボリィ>は<コス・デストゥルネル>の栄光の陰になって地味な存在ですが、“コス”とあるように元々は同じ所有者のものでした。1855年の格付け第5級のシャトーです。サン・テステーフとしてはソフトですが、調和のある豊かなワインです。
 実はこの訪問の2年後に、前回のシャトー・ディケムの晩餐会と同様に在日フランス大使館の別の外交官ご夫妻の招きで私ども夫婦は、<シャトー・コス・デストゥルネル>の総支配人であるジャン・ギョーム・プラッツご夫妻をはじめ<シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド>のオーナー、メイ・エリアーヌ・ド・ランクサン夫人、<シャトー・アンジェリュス>のオーナー、ウベール・ド・ブアール・ド・ラフォレ氏、そして<シャトー・オー・ブリオン>の醸造責任者、ジャン・フィリップ・デルマ氏という錚々たる皆様と東京でお会いする機会に恵まれました。その時のワインは<シャトー・ラヴィル・オー・ブリオン・ブラン1990年>にはじまり、<シャトー・アンジェリュス1990年>、<シャトー・コス・デストゥルネル1986年>、<シャトー・ラ・ミション・オー・ブリオン1982年>、<シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド1975年>、そして最後は<シャトー・リューゼック1989年>という、とても贅沢な数々が供されました。そして夫々のワインに合わせたフランス料理のフルコースを楽しみました。
 その時催された晩餐会をきっかけに、<シャトー・コス・デストゥルネル>のプラッツ夫人と手紙のやり取りがはじまりました。若きご夫妻はまさに天は二物を与えているのではないかと思われるようなステキなカップルです。毎年シャトーから大判(A4版)の美しい新年のカードが届きます。カードにはいつも手書きの大きな文字でプラッツ夫人の文が添えられてきます。毎年このカードを受け取るのを楽しみにしています。
 余談ですが、この時のフランス大使館の外交官とはパリで催されたある会合で知り合いました。実は私を初めてボルドーの葡萄畑に案内してくださったのは彼なのです。その彼が数年後に在日フランス大使館に赴任して来ようとは夢想だにしませんでした。在日中はご夫妻で可愛い娘さん二人を連れて、青色の外交官ナンバープレートを付けた車で拙宅によく訪ねて来られました。私ども夫婦も何度か外交官官舎に招かれました。本国パリに帰国する前には横須賀の米軍病院で可愛い男の子が生れました。いまだに家族の近況を知らせ合っている仲です。因みに、ボルドー時代の私のホテルを探してくださったのもボルドー在住の奥様のご両親様でした。彼らご一家とは不思議な縁(えにし)を感じます。
 さて、ボルドーに滞在して間もなくの春にパック(復活祭)の休みを利用して、《ボルドー便り》に度々登場しますネゴシアン(ワイン商人)の案内で<シャトー・コス・デストゥルネル>をはじめメドックとグラーヴのシャトーを訪ね回りました。ボルドーの街からメドックまで猛スピードで走ります。まるで曲芸でも楽しんでいるかのように細い田舎道もスピードを落さずにスイスイと器用に走り抜けます。フランス人が車を運転する時は幾分闘牛士の気分にでもなっているのではと思ってしまうほどです。このようなスピード狂のフランス人の運転ぶりはこの後何度も体験することになります。メドックに入ると春の陽光に照らし出された葡萄畑が突然目の前に開けます。いつ見てもうっとりするほどの美しい風景です。葡萄樹からは新しい命の瑞々しい若葉が顔を出しはじめていました。
 先ずは腹ごしらえと、ネゴシアンの案内でマルゴー村の葡萄畑の真ん中にあるレストラン、「ル・パヴィヨン・ド・マルゴー」で昼食をとることにしました。有名な<シャトー・マルゴー>の葡萄畑を望むすばらしい眺めの中での食事です。私はスープ・ド・ポワソン(魚のスープ)とサーモンのソテーを、彼はステーキを注文しました。果たして彼は魚と肉料理の両方に合うワインをどう選ぶのか大変興味がありました。案の定、分厚いワインリストを眺めながら少々困ったような顔をしておりましたが、暫く考えてサン・ジュリアンの<シャトー・ブラネール・デュクリュ1994年>を選んだのです。さすがだなと思いました。そのワインは柔らかく熟成しており、花のような甘い香りがして、黒系果実の風味もあり、スパイシーで、脂がのった肉厚のサーモンの香草をきかせたソテーによく合いました。勿論ステーキにもぴったりだったでしょう。料理も大変美味でした。フランス人は魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワインとの固定観念は余りないようです。それよりもその時のソース等により赤・白に拘ることなく実にうまくワインを選らんでいます。
 最初に訪ねたのはマルゴー村の格付け第3級の<シャトー・パルメ>です。このシャトーは屋根にフランス、イギリス、オランダの3カ国の国旗が翻る、銘酒街道沿いのシャトーとしては一番瀟洒な建物です。2002年のプリムール(新酒)を中心にいろいろ味あわせてもらいました。今回のシャトー巡りの目的は新酒(当時)を試飲することにありました。2002年の新酒はまだ濃い紫色をしていましたが、肉付きの良さが感じられ、数年後にはすばらしい味わいのあるワインになっていることでしょう。豊かさやしなやかさもありました。引き込まれそうな香りの華やかさは正にマルゴーの典型でありましょう。何種類も飲ませてくれますので、美味しくて思わずゴクリと飲み干しそうなのをかろうじて我慢し吐き出します。こうしないと何軒も訪ねているうちに酔っ払ってしまいます。このようにネゴシアンと一緒にシャトーを訪ねますと一般の見学とは違って、醸造責任者自らが丁寧に案内してくれるますので大いに勉強になります。次は隣のサン・ジュリアン村の格付け第4級の<シャトー・ベイシュヴェル>です。このシャトーは<パルメ>と並んでひときわ人目を引く美しい建物で、立派な門構えと前庭の美しい花壇が印象的です。ところが昼食と<シャトー・パルメ>で長いこと時間を費やしてしまったので、ここの醸造長は痺れを切らしたのか帰ってしまったようです。一般見学であれば受け入れるとのことでしたが、今回は止めにして別途訪ねることにしました。ということで第一日目は残念ながら、<シャトー・パルメ>だけで時間切れとなってしまいました。フランス人は万事おおらかというか大雑把で、日本人のようにきちっとした時間の観念はあまりないようです。
 第二日目はいよいよ念願の<シャトー・コス・デストゥルネル>、そしてグラーヴ地方の2つのシャトーを訪問します。<コス・デストゥルネル>には朝の9時に予約を入れているとのことで、8時にホテルまで迎えにきてもらい、いざ出発となりました。相変わらず飛ばすの何の、まあびっくりするようなスピードでボルドーの街からサン・テステーフ村まで1時間で走り抜けていきます。お陰で約束の時間にはぎりぎり間に合いました。
 このシャトーの総支配人のプラッツご夫妻とは先に記しましたように東京でお会いし、奥様からいつでもご案内しますからいらっしゃいと親切な手紙を頂戴しておりましたので密かに再会を期待しておりましたが、生憎旅行に出掛けておりお会いできませんでした。でもネゴシアンのお陰で念願叶ってシャトーの中をゆっくり見学することができました。シャトーの中はさすが見応えのあるすばらしいところで、醸造にとても詳しいご婦人が実に丁寧に案内してくださいました。ここでも2002年のプリムール(新酒)を中心にいろいろな年代のワインを試飲させてもらいました。サン・テステーフ村で最高の評価を得ているだけあって、エレガントで、肉付きのいい、豊かな舌触りの大変心地よいワインでした。
 それにしても10数年前にマウンテンバイクに跨って、よくぞここ迄辿り着いたものと今思うと我ながら感心してしまいます。後日ネゴシアンにプラッツご夫妻の話をしましたところ、そういうご縁があったのならご夫妻の予定に合わせて訪ねればよかったのにと言われてしまいました。ムッシュー・カネコは自分より余程強いコネをもっているねと。昨年プラッツ夫人からいただいた大きなカードにはシェ(ワイン貯蔵庫)を改装している写真が載っておりました。いつの日か美しくなったシャトーを再び訪れてみたいものです。
 グラーヴ地方のシャトー訪問記は次回に回すことにします。


 


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