ボルドー便り vol.5


 − フランス人の家族思い−





フランスの子どもたち

   ボルドーへ着いた当初、先日書きました「ボルドーの雨と傘」と同様に不思議に感じたことがあります。それは週末になると学生が大勢、重たそうな大きなバックをもってバスに乗り込み、駅へ向かう姿をよく見かけたことです。フランス人は学生までも週末になると頻繁に旅行へ出掛けるのだなと感心して見ていたものです。それとも大きなバックに洗濯物や本を一杯詰め込んで実家に帰るのかな、とも。
  この不思議な現象は後でわかったのですが、学生の皆さんは一斉に家族のもとへ帰って行っていたのでした。ですから週末の学生寮はどこもかしこも見事にガラガラになり、残っているのは、帰りたくても帰れない外国人留学生だけになってしまうようです。
  このような現象は果たして今日の日本に当てはまるでしょうか。大学生は遊びに夢中で毎週実家に帰るなぞ考えられないのではないでしょうか。日本人は家族思いという思い込みがありますが、本当だろうか。まてよ、これは思い込みどころか、今日の日本では幻想に近いのでは、と。進学や結婚によってひとたび家を出た息子や娘がどれほど頻繁に実家に帰っているだろうか。 それは都会に住んでいるからで、地方では決してそんなことはないとお叱りを受けるかもしれませんが・・・。こう考えてくると、昔から「いつまでも、あると思うな親と金」とか「兄弟は他人のはじまり」といった諺があることは、日本の家族関係を如実に物語っているのではないかと思ってきました。
  個人主義の国といわれるフランスで見たこの現象は、まったく予想外のことでしたが、まさにフランス人が家族を大切にしている光景をこれからいくつもボルドーで見聞きすることになります。なるほどフランスという国は、古い歴史や文化と近代性を併せ持つ国であり、そして家族のつながりを重視し、人々の結び合いを大切にする国であることをよく実感できました。
  お年寄りは尊敬され、子供はかわいがられる。親は子どもを誇りに思っています。フランスの子どもは手をかけられて育ち、小さい時から自分の意見をしっかり述べるように厳しく躾けられています。だから小学校にあがるころには、大人の会話にも堂々と入れてもらえるようになるのです。それと子どもは六つあたりから、お母さんのやさしい「水割り」でワインとの出会いを体験し始めると言われます。最初は水の中にワインを少し・・・だんだん慣れてくるとワインの中に水と。子どもが食卓でワインを飲み始めるのは、大人の会話に口をはさむ権利をもつ年齢でもあるようです。
  また叔父や叔母、祖父や祖母からつねにほめられて育ってきているので、自分たちが大切な存在であることを知っています。そしてそのようにかわいがられるのを楽しんでいるかのようでもあります。レストランなどで大家族が集っている様子は見ていて微笑ましい感じがします。
  先日の読売新聞の編集手帳を読むと ──明治の初めに来日した米国の動物学者モースは「世界中で日本ほど子どもが親切に取り扱われ、子どものために深い注意が払われる国はない」(「日本その日その日」)と書いているが、モースの賛嘆した「深い注意」は、どこに消えてしまったのだろう。そして子どもたちの表情を眺めて、モースは記した。「ニコニコしているところから判断すると、朝から晩まで幸福であるらしい」とも─― そういう「子供の楽園」だったはずの日本は一体どこにいってしまったのでしょうか。
  フランスでは祖父母や叔父叔母がすぐ近くに住んでいることが多いようで、お互いが深く関わり合いながら生きている感じがします。食事や祝いごとは共にするし、バカンスの計画をはじめいろいろな相談ごとにも親戚が加わるそうです。だから、たとえば若い夫婦がバカンスに出かけるときなどには1、2歳の子どもでも平気で兄弟姉妹や親戚の家に預けていってしまうというくらい親族の結び合いは、極めて強いようです。
  わたしが滞在するホテルの部屋から、近くの家々の庭が間近に見渡せます。少し暖かくなると、週末や休日には庭に大きなテーブルを出して大勢の人が集まり、賑やかなおしゃべり、子どもたちのはしゃぐ声、ワインやシャンパンの開く音そしてナイフ、フォークがお皿に触れ合う音が聞こえてきます。いかにも楽しそうで、心地よくわたしの耳に届きます。フランス人は仕事仲間を家に呼んで、食事やお酒をともにすることはめったにないようですから、これらの集まりは親戚縁者の集まりなのでしょう。夏などは延々と夜中までつづくことがあります。
  日本の友人でフランス人女性と結婚した彼いわく、フランス人は着るものや持ち物にはあまりお金をかけないが、週末や休日の家族、親戚の集まりには贅沢をするのですよ、と。 またフランス人に嫁いだ日本の女性は、毎週週末には車で一時間かけてご主人の実家に行って過すといっておりました。これも毎週となるとなかなか大変なことでしょうが、慣れてくると田舎は緑が多くて気持ちよく、夏は川でカヌー遊び、秋は山できのこ採りをしたり、実家には大勢の親戚が集まりとても賑やかで、その上ご馳走が味わえるので結構楽しいの、と言っておりました。
  昨今の日本ではじつに悲惨な事件ばかりつづき気持ちが滅入ってきます。こういうフランスの家族生活は必ずしもいいことずくめではないかもしれませんが、わたしたちはもう一度この「家族の絆」そして「子ども」について真剣に考えてみる必要があるような気がしてなりません。