留学の最終目的はワインのメッカ、ボルドー第二大学醸造学部に設けられている社会人コースに入学することにありました。ここはフランスでも人気のコースのようで、2002年3月にリタイアしてから大学に照会の手紙を送ったところ、その年度(2002年10月開講)の願書は既に締め切られていました。次の年度(2003―2004年度)にトライして下さいとの手紙をもらいました。
そこでまずはフランス語力を磨くために同じボルドー大学内にある第三大学付属フランス語学校へ2003年2月から入学することに決め、同時に醸造学部の入学条件にある論文審査をパスするための論文作成にとりかかることにしました。フランスへは少し早めの2月1日に到着してフランス語学校の入学準備にあてすることにしました。このフランス語学校の仮入学許可証を日本にいるときに取得していると、駐日フランス大使館領事部で比較的簡単にビザを発行してもらえる利点があります。つまり学生ビザが取得できるのです。何度か東京の南麻布にあるフランス大使館に通い、無事パスポートに学生ビザを貼り付けてもらいました。これで58歳の学生誕生の準備が整いました。感無量です。
それともうひとつフランス語学校の利点があります。それはこの学校の生徒になると、フランス留学最初で最大の難関といわれる滞在許可証を申請できる十分な口実になることです。滞在許可証とは、観光とはちがって3ヶ月以上フランスに住むかぎりは誰にとっても必要不可欠なものであり、また、住みたければすぐもらえるような代物ではありません。学生ビザ以外でも滞在許可証を取得することは可能でしょうが、その手続きの煩雑さは飛躍的に増大するはずです。なにしろフランスという国はおそろしく融通が利かない国なんですね。何事にも時間がかかり、それもいちいちコンボカシオン(出頭命令、つまり次の呼び出し日)という約束を取らねばなりません。その上やたらと書類が必要とされる官僚主義的な国で、日本の比ではありません。さらに受け付ける人によって言うことが違うときていますから、複雑かぎりない世界です。そこには相当な忍耐力が必要となってきます。
この難物の滞在許可書を取得するまでの孤軍奮闘している様子は、機会がありましたら後日ご報告することにいたします。
|