ボルドー便り vol.11

本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 − ボルドー第三大学 日本語学科 −


日本語学科のあるボルドー第三大学

  われわれ日本人がフランス語をマスターするのに苦心惨憺しているだけではありません。逆もまた真なりで、日本語に挑んでいるフランス人たちが文法の複雑さと膨大な漢字の難しさに日夜ため息をつき、敬語の微妙さに頭を抱えております。
  ここボルドー第三大学には日本語学科が中国語学科と共に設けられています。日本語学科には200名ほどの学生がおり、選択科目で授業を受けている学生を含めるとなんと400名も学んでいるというからびっくりです。いろいろ聞いてみますと川端康成や三島由紀夫のような文学に惹かれただけでなく、日本のアニメや漫画(既に「マンガ」としてフランス語に定着しています)に興味を持ったことがきっかけで日本語学科に入学したというフランス人が結構いるようです。数年前にパリの日本館で行われた「日本のアニメ週間」は大盛況であったことからもむベなるかなと思いますが、これも時代の流れでしょうか。
  でもバスや電車の中で、どこかの国の学生のように一心不乱に漫画を読んでいる光景はついぞ見たことがありません。
現在、日本語を学ぶ学生はフランス全土で一万人くらいいるそうです。これを多いとみるか少ないとみるか。いずれにしてもより良く日本を知ろうとしている若者がいるのは確かです。若い人たちがフランス語を学びそして日本語を学ぶことにより、お互い相手の文化にふれあい、関心を育んでいくことはすばらしいことだと思います。これからの日本とフランスの信頼と友情がますます深まっていくことを切に願っています。
  この大学にはたくさんの日本語文献と中国語文献の蔵書をもつ立派な図書館があります。ここに来ると朝日新聞が読めたのですが、どういうわけか間もなく置かれなくなってしまいました。1ヵ月遅れの「アエラ」もあります。また、「男はつらいよ、寅次郎」シリーズをはじめ日本のビデオもいろいろあって貸し出しています。
  この日本語学科の学生たちは彼らの勉強のためもあって、話し相手を求めて日本人のいるフランス語学校によくやってきます。そこで必然的に彼らと語り合うチャンスが生まれます。スペインからここの日本語学科に留学している美人の女子大生もおりました。よくみんなで連れだって学食で話したものです。
  聴講生として日本語学科に在籍していたフランス人のS氏は55歳、ボルドーではじめて同世代の人と巡り会いました。彼は農業協同組合の幹部として働きながら大学に通っています。空手4段の猛者で道場の師範でありますが、まことに優しい気のいいおじさんです。彼と交換留学生のS嬢と三人で週一回、彼の広々としたアパルトマンの一室でフランス語と日本語の交換授業をしようということになりました。
  はじめて訪れた彼のアパルトマンの玄関には「幸福」という大きな文字が墨痕鮮やかに飾られています。驚いたことに、玄関にはちゃんとスリッパまで用意されております。
彼は普通のフランス人と違って靴を脱いだ生活をしており、この方が気持ちいいと言っています。書斎の本棚を見ると、日本の古典から現代作家にいたるまでフランス語訳の本や日本関係の蔵書で埋まっています。日本語の大型辞書もことごとく揃っています。飾り棚には居合い抜きの日本刀まで飾ってあります。日本についての彼の思い入れは大変なものがあります。かつて日本通のフランス人が、受賞した順番に芥川賞作家の名前をすらすら挙げたのにびっくりしたとの話を聞いたことがありますが、彼も知識においては相当なものです。彼は片言の日本語を話します。日本には8回行ったという、まさに大の日本好きです。
  彼のアパルトマンへ行く途中に大きなスーパー・マーケットのカルフールがあります。そこで醤油(さすがに彼の家には醤油はありません)や食材を買い込み、わたしは和風スパゲティを、S嬢は和風コロッケをつくり、彼がいつも飲んでいるという麒麟ビールで乾杯しました。ワインも開けてすっかり打ち解け、お互い<tu(きみ、おまえ)>で呼び合おうということになりました。彼はわたしたちをさっそく友として受け入れてくれたのです。彼が大事そうにしまっておいた灘の白鹿を出してきて振舞ってくれました。おまけに憎いことに洒落た徳利とお猪口まで揃っているではありませんか。熱燗で楽しんだのは言うまでもありません。最後は日本茶、そしてデザートは井村屋の羊羹です。イヤー、驚きましたね。ボルドーで熱燗を飲み、羊羹まで食べられるとは。それもここはボルドー郊外のフランス人のアパルトマンですよ。このような日本通、日本好きの人がフランスにはいるのですね。うれしくなってきます。瞬く間に夜中近くになってしまい、彼の車で二人とも送ってもらいました。いい一日でした。
  それからも毎週、都合がつけばS嬢と彼のアパルトマンを訪ね一杯飲みながらの楽しい勉強会がつづきました。ある時はバスク地方の文化の中心都市バイヨンヌ、保養地で有名なサン・ジャン・ド・リュズやビアリッツそしてスペイン国境の町に、またある時はワインで有名なカオール、美しいロカマドゥールやサルラに、彼の車で連れて行ってもらい課外授業として見聞を広めました。彼が今度来日された時は私がお返しをする番です。
  彼には、フランス語の勉強以上にフランス人の優しさを教えてもらったような気がします。只管感謝のみです。

 下記の画像はクリックすると拡大できます。

カオールを流れるロット川

シャトーから
美しいロカマドゥール村を望む

カオールの葡萄畑


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