ボルドー便り vol.14

本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 - カフェ -


パリの有名なカフェ・フーケ

 カフェ(Café)はフランスで一番気軽に楽しめる憩いの場所です。今では日本の各地でもカフェ・テラスでコーヒーを楽しむことができますが、まだカフェ文化のフランスの域にまでは達していないように思います。パリのレ・ドゥ・マゴやフーケやル・ドームやラ・クーポールのようなかつてピカソ、モジリアニ、マティス、フジタといった<エコール・ド・パリ>の画家たちや実存主義者のサルトルやボーヴォワール、作家のヘミングウェー等の文化人が集まった超有名なカフェはボルドーにはないものの、気楽に気持ちよく楽しめる店はたくさんあります。
 特に天気の良い日にテラスで濃いコーヒー(エスプレッソ・コーヒー)をすすりながら好きな本や新聞を読み、道行く人を眺めてのんびりと時を過すのは何とも楽しいものです。カフェ・テラスに座っていると街を通っている人との交流があって、生きていることがそのままこちらのくつろぎの中に絶えず快い刺激となってかえってきます。カフェとはそういう場所のように思われるのです。店の外の生き生きした人たちのリズムが伝わってくるうれしさがありますね。
 それとフランス人は陽だまりがほんとうに好きのようで、競って太陽のもとに席を取ります。太陽にまさるご馳走はないと本気で思っているようです。
 またここはコーヒー一杯の値段(1.1~1.5ユーロ、150~200円)で何時間でも自分のものにできる特等席でもあるのです。ある朝、カフェでコーヒーとクロワッサンを頼むとクロワッサンは売り切れだ、前のパン屋で買ってきたらと、ギャルソンは言う。そうなんですね、前のパン屋でクロワッサンを買ってきて食べようが、持参したサンドイッチをほおばろうが一向に構わないのです。あたり一面パンくずだらけにしようが嫌な顔もされません。一杯のささやかな代償を払えばすべてOKの世界です。その支払いも注文したものがきた時にレシートの金額をその場で払うもよし、帰りにテーブルに置いてきてもよしと全く自由です。気分よく過せたらギャルソンにほんの少しの小銭をチップとして置いてくればよいのです。
 これはフランス人が長年の努力で獲得した市民権のひとつかもしれません。そこには自由と平等の精神が貫かれているように思います。
 それといつも感心することは、大学近くのカフェで朝一杯のコーヒーを飲んでいると、入ってくる見知らぬ人たちがわたしに必ず「ボンジュール、ムッシュー」と挨拶をしてくれることです。これは彼らが必要以上に必ずしも礼儀正しいからではなくひとつのマナーであって、他人の存在を認め、失礼にならないような配慮かもしれませんが、とても気持ちがいいものです。朝の清々しさが倍加されます。
 ここでよく通っていたカフェで一杯のコーヒーが淹れられるまでの描写をご紹介してみましょう。まずは店のマダムに「コーヒー一杯下さい(アン・カフェ・シル・ヴ・プレ)」と注文する。彼女はエスプレッソ・マシンからフィルターをはずし、ゴミ箱の端でそれをトンとやってカスを捨て、コーヒー挽きの下のつまみをカチカチと2回ほど動かし、手首のひねりを利かせスプーンを使って新しい粉をフィルターに詰め、これを再び本体にはめ込み、ボタンを押して熱湯が高圧で押し出され粉を通過し注がれるのを金属製の注ぎ口の下にさっと置いたカップで実にタイミングよく受けるという、動きは終始一貫リズミカルであるが直線的、さながらゼンマイ仕掛けの人形のようです。拍手したい衝動に駆られます。ハイ、一丁上がりとばかり、マダムはにこやかにコーヒーを運んできます。カウンターに座るとこのような見る楽しみもあります。このカフェはいつもいいジャズの曲が心地良い音量で奏でられておりました。そして朝いつ行っても品のいい老人がひとり悠然とタバコを吹かしながら新聞を広げ、一杯のコーヒーを美味しそうに啜っているのが印象に残っています。
 如何ですか、ボルドーのカフェの雰囲気を少しは味わえましたでしょうか。

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