ボルドー便り vol.17

本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 - レストラン -


よく通ったレストラン「Taverne St-Pierre」の内部

 ボルドーにはたくさんいいレストランがあります。もちろん街角のカフェでも、レストランに劣らない味の料理を手頃な値段で出してくれます。またボルドーの街にはマクドナルドが進出してきています。このマクドナルドとコカ・コーラはフランスでもすっかり市民権を得ており、フランス人がコカ・コーラを飲み、マクドナルドのハンバーガーを食べるのはごく普通の光景になっています。マクドナルドとコカ・コーラの世界戦略はまさに恐るべしです。
 本格的なフランス料理を楽しむには、やはりレストランに優るところはないでしょう。でもボルドーには、フランス・ワインのもう一方の雄、ブルゴーニュ地方のようにミシュランの2星、3星に輝くレストランがキラ星のごとく集まっているわけではありません。2星レストランがかろうじてボルドーワインのメッカ、ポイヤック村にひとつあるだけで、ボルドー市内には数軒の1星があるのみです。ボルドー滞在中に、新たに2軒の1星レストランが誕生したと地方紙スュドウエストが大々的に報じていましたが、その後はどうなっているでしょうか。
 わたしは苦学生ですから、ボルドーではとうとう1星レストランにも行けずじまいで、流れ星(?)レストランで我慢していました。それでもリーズナブルな値段で美味しいものを食べさせてくれる店はいろいろあります。さすが食の国フランスだけあって味覚の水準はとても高いです。ディナー((仏)dîner ディネ)は、日本の有名レストランに比べるとはるかに安い値段で食べられますが、やはりなんといってもお得なのはランチ((仏)déjeuner デジュネ)です。10~15ユーロ(約1350~2000円)で十分満足させてくれます。わたしが自炊生活の合間によく通ったのは、サン・ピエールという教会の近くにある「Taverne St-Pierre」(田舎風料理店「サン・ピエール」)という店で、地元の人たちがひっきりなしにやってきます。偶然見つけた店でした。店の建物の一角には、サン・ピエール像が立っておりなかなか由緒ある建物です。この像の下には1687年の年号が刻み込まれております。店には小さな中庭があり、暖かな日にはここでのんびりと食事をしたものです。この辺りは、カンセラ通り(Rue du Cancéra)といって18世紀頃には、馬車に積む旅行鞄や大型装飾箱をつくる店が軒を連ねていたようです。
 この店のランチの値段は、10ユーロ(約1350円、1年前までは9ユーロでした)です。このメニューが半端じゃなくて前菜4品(スープ、テリーヌ、サラダ2品)、主菜3品(ステーキ、内臓料理、煮込み料理)それとデザート5品からそれぞれ一品を選び、コーヒーまたは紅茶がつき、おまけに1/4ボトルの赤または白ワインがピシェ(取っ手のある酒壷)に入って出てくるという豪華版(?)です。もちろんパンは籠に一杯入ってきます。それに一皿のボリュームがこれまた半端じゃないときてますから、これを10ユーロで食べられるとは正に驚きで、これでほんとうに採算が合うのかと心配になるくらいでした。地元の人たちが好んでくるわけです。ただここは客席のそばの炉でステーキを焼いてくれるというように肉料理が専門の店で、魚は食べられないのが一寸残念でしたが、自炊生活で肉が不足している時の大切な栄養源になりました。何回か通っているうちに店のマダムとはすっかり顔なじみになり、席に着くと「ムッシュー、いつものものですね」と言われます。わたしが好んだ主菜はボリューム満点のガスコーニュ風ドーブ((仏)daube à la gasconne,肉をローリエの葉と共に水からコトコト煮込んだビーフシチューのようなもので、深いスープ椀に肉がいっぱいに入っています)、このスープ椀のわきには大きな丸ごとのジャガイモの茹でたのが2つ、レタスと共に皿に載っています。前菜のサラダの方もベーコンがタップリ入って大きなお皿で出てきますから、すでに前菜とパンだけで結構お腹がいっぱいになってしまいます。チーズこそ出ませんが(もちろん追加料金を払えば食べられます)、デザートはここの店自慢の洋ナシ入りの大きなタルトです。そして最後にコーヒーが出てようやく終了です。地元ボルドー産赤ワイン(これが結構いけるのです)を飲んですっかり気持ちよくなり、満ち足りた気分で10ユーロのランチの饗宴(?)が終ることになります。この間約2時間。何たる美味しさ、何たる豊かさ、そして何たる安さでしょうか。
 わたしは「その国を知るためにはその土地の人と同じものを食べる」をモットーに、ひたすら街のレストランではフランス料理だけを食べ続けました。ボルドーにも日本料理店が数軒ありましたが、滞在中に日本料理店へ行ったのは日本の友人に誘われて2、3度行ったきりで、皆さんからはよく我慢できますねと不思議がられたものです。自炊の方も主食はもっぱらスパゲティとパンだけで済まし、全く米飯とは無縁な生活をしていました。これがまた皆さんから不思議がられたものです。われながらなんて海外生活に向いているのだろうと思ったものです。もっとも先に述べましたように、学食での昼食に野菜としてお米がたっぷりと添えられていたお陰かもしれません。
 ただ、帰る数ヶ月前に中華食材店で「日の出米」(どういうわけか<SHINODE>と書いてありました。おそらく江戸っ子の誰かがこう発音して教えたのでしょう)というイタリア産の米を見つけ、妻に鍋でご飯を炊くのを教えてもらってからは少々病みつきになりました。この米がまた美味いのです。新米ともなればコシヒカリ並じゃないでしょうか。正直言ってそれ以来、主食はご飯とスパゲティとパンを日によって交互に食べる生活に変わりました。
 「ああ、やはり日本人なんだな」とその時しみじみ思ったものです。そして「小さい時に味わった料理は、やはり一生幸せの味がする」と。
 同時に日本人の祖先はよくぞお米というすばらしい主食に目をつけたものだとつくづく感心したものです。


 


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