ボルドー便り vol.18

本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 − 蚤の市 −


サン・ミシェル大聖堂と蚤の市

  ボルドーの町に落ち着き、うれしかったのは歩いて10分くらいの所に生鮮食料品の大きな常設市場と露天市場があること、そして更に2、3分歩くと、そこには14世紀から16世紀にかけて建立された見事なバジリカ大聖堂<サン・ミシェル>があったことです。
ここはフランス王家に深い係わりをもち(聖人ミシェルはフランス王家の守護神)、特にルイ11世の庇護を受けました。
  その大聖堂の中にはじめて足を踏み入れ、人っ子一人いない静まりかえった巨大な石づくりの大聖堂の長椅子に座っていると、突然誰かが演奏するパイプオルガンからバッハの荘厳なフーガが響きわたり、音楽に包まれながら不意に涙がこみあげてきたのを覚えています。異郷の地で大聖堂のステンドグラスの淡い光の中にひとり佇む自分を思ってか、長年の夢が叶った感激のあまりか・・・。あの時、自分が何故涙したのか今もってよく分かりません。
ボルドー滞在中に、私は何度この大聖堂に足を運んだことでしょう。ある時は地元のみなさんと一緒にミサの中で、ある時は誰もいないひっそりとした中で、心落着く大好きな場所のひとつでした。
  その大聖堂の前では毎日何かしらの市が開かれております。教会の前で開かれる市では、売る方も買う方も誤魔化しをしてはならないとの昔からの言い伝えがあるようです。
特にわたしが喜んだのは毎日曜日に開かれる「蚤の市」です。
  この蚤の市には、高級品から何処かで拾ってきたようなガラクタ品までありとあらゆるものが教会前の広場に所狭しと並べられています。わたしの大好きな古本もあります。
ここはボルドーでも有名な市のひとつとあって遠くからも人がやって来るようで、いつも混雑しており、商人と交渉する人の声が賑やかに聞こえてきます。わたしは苦学生の身で贅沢はできませんから10ユーロ(約1350円)までの範囲内でと決めて大いに楽しみました。はじめはおっかなびっくり値段の交渉をしておりましたが、そのうちコツを覚えてきました。5ユーロの品は4ユーロまで、10ユーロの品は確実に8ユーロまではまけさせられること、従ってそれより安い値を提示してそのまま通ればもうけものです。銀メッキ製のワイン・スタンド(これは日本ではお目にかかったことはなく、はじめ見たときは電気スタンドの壊れたもののように見え、ムッシューにこれは何かと尋ねるとワイン・スタンドだと言う)は15ユーロを10ユーロに値切った初戦利品、自慢の一品です。同じく銀メッキ製のパンくず拾い器、これはデザインがいい、それからお皿類の数々、中でも気に入っているのはリモージュ製のお皿。これは夕焼けの空の下に川が流れ、遠くにローマ橋が見えるという景色をバックに、アイリスが大きく描かれた四角なお皿です。リモージュ独特の濃い紫色で縁どられています。埃を被っている皿の中から見つけだした見事な一品、8ユーロにまけさせました。この時はやった!とルンルン気分になりました。今は懐かしいあの頃を想い出しつつ、わたしの小さな書斎に飾ってあります。
  蚤の市には春になるとアコーデオン弾きがやってきてシャンソンを奏でたり、手動のオルゴールを聞かせるおじさんが現れたりして、陽気な気分にさせてくれます。たまに日本製の陶器類も並べられていますが、ある時消防団のハッピがぶら下がっているのにはびっくりしました。日曜日、ここでの買い物はささやかな楽しみでもあり喜びでもありました。この蚤の市の前にはアンティークの店がたくさん入っている大きな建物の常設館がありましたが、ここは高くて手が届かず見るだけの楽しみでした。
  ただこの周りはアラブ系をはじめいろいろの国の人たちが集まっており、治安は余り良くないとの評判で夜の外出は控えておりました。でも怖い目には一度も遭いませんでした。
ボルドーにいても、わたしが外国人という目で周りの人から見られたことはほとんどありません。というのはバスに乗っても、街を歩いていてもあらゆる人種がおり、生粋のフランス人の方が逆に少数派のように感じる時があるからです。
フランスは雑種民族国家です。三代遡れば、フランス人の25パーセントは外国人にぶつかるとさえ言われているくらいですから。ただ感心するのは、このような移民、難民の多くを今まで受け入れてきたフランスという国の懐の深さです。つねに外国から新しい血を入れることで、フランスは世界に誇る文化をつくってきたのだと思っております。
だがここにきて、フランス政府がテロ等の問題もあって移民に対する宥和的政策を転換したため、失業などの不満を背景にアフリカ系移民等の若者による暴動がパリ郊外をはじめ各地に飛び火していることは大変残念なことであり、心配が募ります。人種・宗教・文化等の違いによる摩擦、ひいては貧困・失業の問題は、フランスの「自由・平等・博愛」の理念をもってしても最早越えられないほどの大きな溝があることを改めて知りました。
この拙文が掲載される頃には暴動が沈静化していることを願うばかりです。
  昨今、日本でも外国人による犯罪が増え、更に増えれば治安が益々悪化するという懸念材料は確かにあるでしょう。しかし、わが国ではこれから少子化時代を迎えることになり、  近い将来、外国人労働者の更なる受け入れを求めざるを得なくなる事態が十分考えられます。今回のフランスでの暴動も対岸の火事と暢気に構えていられない問題を多く含んでいるように思います。
  でも日本で内なる国際化が叫ばれて久しいものの、日本人の国際感覚のずれは、ある面ではこういった外国人との接触率の少なさにも起因しているように思えてなりません。
  蚤の市の話から話題が大分飛んでしまいました。次回は話を戻してこの街の市場についてお伝えしようと思います。


 


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