今回は生鮮食料品の市場について述べてみることに致します。
この町には大きな常設市場があり、すぐそばの通りには露天市場の屋台がずらりと並びます。特に、土曜・日曜日は買い物客で賑わいます。早朝から老いも若きも、男も女も大きな籠を提げてこの市場めがけてやってきます。わたしも彼らの仲間に入って自炊の食材探しによく歩き回りました。朝市の屋台が賑やかに並び「アレ!アレ!(さあ、さあ、いらっしゃい!)」という威勢のいい掛け声を聞くと本当に心弾むものがあり、ついつられて買ってしまいます。ここに来るフランス人を見ていると男女を問わず買い物は儀式のようです。優れた食材を探すのは巡礼の旅のようにも見えます。何故なら仕方なく行くものではないからです。皆さんとても楽しそうです。
まず常設市場も露天市場も八百屋さんの並べ方がとてもいい。フランスでは見せるというか、シンメトリカルに並べているのです。ですからリンゴとか人参の山の下のほうから引っぱり出そうものなら、「触らないで!」なんて怒られてしまいそうです。八百屋さんのおやじまでもが、どう立体的にシンメトリカルに、あるいは幾何学的に並べるかを考えているかのようです。フランス庭園のような美しさを感じます。お店の飾りでも食卓でも、すべて生活の全般にわたって、美的なものを享楽するという態度がラテン民族にはあるように思います。
果物も野菜も、日本に比べ全般に味が濃いのです。またお化けのように大きなナスやキュウリがあります。それからジャガイモも人参もタマネギも煮ても不思議と煮崩れがしないのです。とにかく野菜、果物とも本来の味がして昔食べたことのある懐かしい味がします。珍しいものではセロリの大きな根やアーティチョークなどがあります。ボルドーへ来た当初、わたしはまさか毎日自炊しようとは思ってもいなかったのですが、一度味わったこの食材の美味しさに魅せられ、自然と料理(簡単な料理ですが)をする楽しみを覚えました。これはうれしい誤算でした。
春は大好物のホワイト・アスパラがお目見えし、秋はいろいろなキノコ類で賑わいます。この極太のホワイト・アスパラを茹でたのが実に美味いのです。その先端はうっすらと紫がかっているものもあり、えもいわれぬ美しさを誇示しています。ロワール地方のナントを訪れた時に、レストランで食べた前菜の焼いたホワイト・アスパラがまた美味しく、それ以来茹でるだけじゃなく焼いて食べる楽しみも覚えました。白ワインといわずビールにもよく合います。春を告げるホワイト・アスパラに巡り会えただけでもボルドーにきた甲斐があるというものです。出始めた頃はキロ6ユーロ(約800円)だったのが、次の週から瞬く間に下がりはじめキロ3ユーロ(約400円)と半分の値段になります。ボルドー近郊のブライエが名産地(白ワインの産地でもあります)であり、毎日曜日にブライエからやってくるおじさんのものが一番美味く、作り手のおじさんの農園名が誇らしげにラベルに入ったものを売っています。そのうち親しくなり、一度彼の農園を訪ねるように言われましたが、残念ながら機会を逸してしまいました。
日本の松茸に匹敵するのがセープ茸というキノコの王様です。春のホワイト・アスパラや秋のセープ茸が市場に出回り始めると、地方紙の一面にはカラー写真入で今年の出来具合が大々的に報道されます。いかにも食の国、フランスらしいではありませんか。
このセープ茸はボルドー産が美味しいとの評判です。黒色や茶色の笠をもつものは質がいいとのこと。また数あるキノコのなかで唯一成熟期があるのがこのセープ茸なのです。だから大きければ大きい程成熟していると判断され、商品価値が高いようです。しかも熟しているから香りも強く、松茸並みに良い香りが漂います。森の土の心地よい香りです。セープ茸は結構値段も張り、店に並ぶ期間も短いように思います。皆さん一本一本吟味しながら買っていきます。高級品のためか、露天市場にはめったに現れません。このセープ茸を適当な大きさに切り、塩と胡椒でサッとオイルで炒めると歯ざわりと香りがあって実に美味いのです。でもオムレツにこのセープ茸をたっぷり入れて食べるのが一番です。レストランでもこの季節になると大きなオムレツにはちきれんばかりのセープ茸を入れた季節限定のセープ入りオムレツがメニューを飾ります。
キノコ類はこの他にジロール茸をはじめ種類が豊富で、秋ともなると10数種類ものキノコが店先を飾ります。シャンピニョン・ド・パリ(いわゆるマッシュルーム)は年中スーパーにあります。日本では余り見掛ないような大きい笠のマッシュルームは安くて美味しかったですね。椎茸は、<shiitaké>と日本名がそのままフランス語名になって売っています。
魚貝類もアルカションの海が近いので豊富です。特にカキやムール貝が安くて美味い。ムール貝は1キロ3ユーロで一人では食べきれないほどです。カキは殻を剥がすコツを友から教わり、カキ用ナイフを買ってきてよく食べました。キリッと冷やしたシャブリ(ブルゴーニュの白ワインで、カキとの相性の良さで有名)といわずにボルドーの白ともよく合い、幸せな気分にさせてくれます。サーモンの厚い切り身も美味しかったが、これは一寸高くてしょっちゅうは食べられません。エビの茹でたてがまた安くて美味しかったです。
肉屋さんはもっとも専門化がすすんでおり、牛肉や羊肉など赤肉しか扱わない店、馬肉だけの店、豚肉専門店、家禽専門店などに分かれています。フランス人は複数の料理で客をもてなそうとしたら、これらの肉屋さんを含め何軒もの店を回らなければなりません。そうなると買い物も一日仕事です。
でも肉屋さんの店頭に何匹ものウサギが因幡の白ウサギのように全身の皮を剥がれて万歳の格好で並べられている姿は、普段食べなれていないわたしにとってはあまり気持ちのよいものではありませんでした。
チーズ屋さんも何軒もあり、いろいろな地方のチーズをこちらの望むサイズに切り分けてくれます。「ブラン・ダムール(恋のめばえ)」なんて言う洒落た名前のついたコルシカ産の乾いた香草の香りのする美味しいチーズもありました。ド・ゴール大統領は、行政に手を焼いていらだつと、350種類ものチーズを産するような国を治めるのは不可能だとこぼした話は有名です。その位さまざまな種類のチーズがフランスにはあるのですね。8年程前に妻とブルゴーニュへ旅したときに、ミシュラン2星のレストラン(その頃はまだ現役でしたのでちょっと贅沢ができました)で、食後のチーズに何十種類も載ったワゴン3台がテーブルをぐるりと取り囲んだのにはびっくりしてしまいました。
ワイン屋さんは好みのワインを量り売りしてくれますし、収穫後間もない醗酵しはじめたばかりのもの(Bourruといいます)をプラスチック・ボトルに入れて売っています。そのワインをボトルに詰めてもらうとクギのようなものでフタに穴を開けて渡してくれます。穴を開けないと醗酵で吹き飛んでしまうからです。これを飲むとほんのりとした自然の甘さが心地よく、うれしくなってきます。これこそはボルドーにいるから味わえるものでしょう。
それから花屋さんが方々にあり、色とりどりの花を売っています。でも花の種類は日本で売っているものとあまり変わりません。季節によってミモザやリラ(ライラック)やスズランの花束がお目見えします。一度リラの花束を買ってきて、あまりの良い匂いに自分が花粉アレルギーであることをすっかり忘れ、何度も花に近づけてかいでいるうちにクシャミが止まらず往生したことがありました。
スズランで思い出しましたが、五月一日のメーデになると、道々でスズラン売りの人たちを大勢見かけます。この日に限ってスズラン売りは営業税の支払いをする必要がなく、あらゆる街角で誰でもスズランを売ることができます。人々が小さなスズランの花束を持って歩いている姿はいかにもフランスらしい風景です。
このスズラン売りの声を聞くとスズランの香りとともに、いかにも初夏の季節感が漂ってきて気持ちがウキウキしてきます。
マルシェ(marché、市場)の買い物はいつも楽しい!
|