ボルドー便り vol.22

本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 - フランス人と野球(その1) -


パンテール(2軍)の選手たち 


 初めて開催された野球の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で、王ジャパンは初代の“世界チャンピオン”に輝き、日本そして世界の野球の歴史に大きな金字塔を打ち立てました。桜の開花宣言と共に春がいっぺんに飛び込んできたような、そんな野球の楽しさとすばらしさにすっかり感動させられた一日でした。
 ところで野球で思い出しましたが、フランスで野球というと不思議に思いませんか。
エッ、フランス人が野球をするのと。これがやるのですね。フランスで人気のスポーツといえば、自転車、サッカー、ラグビー、テニスそしてジュードーといったところでしょう。フランスでは、野球は話にならないくらいマイナーなスポーツであることは確かです。
 ある初夏の日の午後、《ボルドー便り》で度々登場するネゴシアン(ワイン商人)のP氏と友人Iさんとシャトー(葡萄園)を訪ねた後、P氏からこれから野球の練習を見に行きませんかとお誘いを受けました。なにヤキュー?と、はじめは何のことやらピンときませんでしたが、よく話を聞くと彼はペサック市で野球チームを4つも持つ球団社長兼監督でもあったのです。ワイン商をしながら野球の球団まで経営しているとは、これだからフランス人はおもしろい! 実は友人のIさんも彼のチームの2軍で活躍しているとのこと。早速ボルドー近郊のペサック市にある球技場に案内されました。
 木々の緑に囲まれた広々とした場所に2面の球技場があります。ひとつは観客席が完備されていますが、案内された所は簡単なコンクリート製のベンチのような観客席がちょっとあるだけです。選手のみなさんを見ると、ちゃんとユニホームを着て本格的です。それも軟式ではなく、硬式野球です。練習が一段落したところで、P氏が私を選手のみなさんに紹介してくれました。握手攻めにあい、もの凄い歓迎を受けました。彼らは当然「日本は野球が盛んな国」だということを知っておりました。さすが野球の本場日本の人気は高いです。なかにはかつてムッシュー・ヨシダ(吉田義男元阪神タイガース監督)に直々に指導してもらったことがあると私に自慢そうに話していた選手もおりました。あとで聞くと彼はこのチームの助監督だそうです。吉田さんはたしか10数年ほど前に、パリの大学クラブ・チームだけでなく、フランスのナショナル・チームの選手たちにも野球を教えていたと思います。彼はその時に吉田さんから手ほどきを受けたのでしょう。かつて牛若丸と呼ばれていた吉田さんの華麗なる体の動きにさぞ目を丸くしたことでありましょう。こういう話を聞いていますと、吉田さんのような野球文化を異国の地で直々に伝授することこそ本当の意味の民間外交、国際交流だなとしみじみ思いうれしくなってきました。
 かつて新聞に、白球が取り持つ国際交流のことが紹介されていました。それは国際協力機構(JICA)の日本人職員が西アフリカ・ガーナに赴任し、偶々参加した草野球で4番に座り大活躍(彼は慶大野球部OB)したことが評判になり、ガーナのナショナル・チームの監督を依頼され就任されとの記事でした。喜んで猛練習に励むガーナの選手達は、「野球では、誰もがヒーローになれる」と目を輝かせていたとのことです。すばらしいと思ったのは、彼は帰国後にNPO法人「アフリカ野球友の会」を設立して、中古のボール二千個を現地に送ったり、ウガンダの野球少年を日本に招いたりと活動をつづけていることです。広島カープの秋季練習には、ガーナチームの元主砲が参加し、コーチ研修を受けたとのことです。こうして野球も国際交流も、先ずはキャッチボールから始まるのですね。心温まる野球にまつわるいいお話でした。
そしてもうひとつ、つい最近もアメリカ・大リーグのドジャースでかつて野茂投手とバッテリーを組んだことのあるマイク・ピアザ捕手が、「野球の国際化のため」と大リーグ機構からイタリアのユニホームを着るよう要請され快諾したといいます。彼は、「考えているのは、とにかくヨーロッパに野球の素晴らしさを広げたいってことなんだよ」と言っております。
このように有名・無名の伝道師の努力により、これから野球もサッカーと同じくらい世界中でますます親しまれ、楽しまれるスポーツになっていくことは間違いないことでしょう。そして世界の多くの国々が参加する真のワールド・ベースボールとなり、オリンピックの種目として再び採り上げられますことを、野球ファンの一人として大いに期待しております。
 ところで、P氏の所有するこの球団名は<パンテール PANTHÈRES(豹)>といい、随分と強そうな名前がついています。フランスではなかなかいい道具も見つからないため、グローブ等の野球用具はほとんどインターネットで日本やアメリカに注文しているとのことです。みなさん、見るからに野球が好きで好きでたまらない人ばかりのようで、とても熱心且つ上手です。観戦していても彼らの野球に対する情熱・愛情がひしひしと伝わってきます。まさかボルドーの地でこのような野球が見られるとは思ってもいませんでした。その後も、Iさんの所属する2軍チームの試合を度々見に出掛けました。
Iさん曰く、フランス人はそれぞれ個性を持っておりなかなかチームとしてまとまるのがむずかしいと嘆いていました。犠牲フライを打て?何でオレが犠牲にならなくちゃならないのだ、といった調子です。野球は体と頭でやるんだと思いきや、フランスではどうも口でやるものらしい。
ある試合では、驚くことに相手チームの投手が恐ろしく若い小学生か中学生のような選手であったり、時には女子の選手もいたりします。こと野球においては、フランスでは中学生(女学生を含めて)から30歳前後の大人が同じチームでプレーしていることも稀ではないようです。
 これだからフランスの野球は面白い!



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