ボルドー便り vol.24

本場ボルドー仕込み ワイン研究家 金子三郎氏

 - ボルドーの大学生(その1) -


ヴィクトワール広場のアキテーヌ門


 ここボルドーはある意味では学生天国のような気がします。わたしの住んでいたヴィクトワール広場の周りは学生でいっぱいです。学食をはじめコピー屋さん(フランスは未だにコピー文化で、コピー代は安く、白黒1枚:0.026ユーロ(3.5円)、本一冊を丸ごとコピーしている学生もおります)やコイン・ランドリーや文房具店等、学生が生活するのに便利な店が軒を連ねています。
 前にもお話ししました通り、ボルドー大学はボルドー第一大学から第四大学まであり、ボルドー市、ペサック市、タランス市の3つの市にまたがる広大な敷地に、6万人の学生を擁しております。その内の1割の6,000人強が留学生です。大学なるものの成功は、その業績の輝きによるものであることは勿論ですが、それと共に外国人留学生をどれくらい受け入れているかの数で評価されるものとフランスでは思われているようです。
 ボルドー市のヴィクトワール広場に面してボルドー第二大学薬学部の堂々たる建物(かつては医学部も入っていた)がありますが、この薬学部とカレール地区にある医学部、大学病院の他は全ての学部がタランス市とペサック市にまたがってあります。ここは住宅地に隣接して大学の建物、学生寮、学食等の様々な施設が建ち並び、まさに大学都市の景観を呈しています。
 ボルドー大学の歴史は古く、アウディートーリウムという名称のブルーディガラ(ボルドーのローマ式呼称)の大学にまで遡り、三世紀末頃に設立されたといわれています。ローマの治世下にあって既に文法学(ギリシャ文法とラテン文法)と修辞学の二つがあり、人材養成の役割を果していたらしい。サン・テミリオンの銘酒として名高いシャトー・オーゾンヌの祖先といわれる詩人アウソニウス(オーゾンヌはフランス語読み)の活躍していた時代です。16世紀にはモンテーニュ(『随想録』の著者)が人文主義の立派なカリキュラムを組んでいたといわれています。ボルドー大学は18世紀にいったん活動を停止させられましたが、19世紀初頭の勅令により復活し、今日に至っております。
 フランスでは大学生に国や県や市がいろいろ手厚い特典を与えています。定期やTGV(新幹線)等の学割は日本でも一緒ですが、これには年齢制限があり確か上限は27歳で、小生のような老学徒には残念ながらこの特典は得られませんでした。週末になると大学のある郊外からボルドーの町に出て遊ぶ(?)学生のために深夜バス(午前3時頃まで)まで走らせています。
 グラン・テアトル(大劇場)のクラシックやオペラは、半額で鑑賞できます。フランスの芸術に対する若い人への思い入れでしょう。元々のチケット代も安く、オペラにしてもどんな高くても1万円はしません。東京のように数万円もの大金を出さなくても立派なバルコニー席で上質の音楽を鑑賞できるのですからうれしいことです。このグラン・テアトルはパリ・オペラ座の階段様式の原型となったといわれ、ボルドー自慢の18世紀の建築美を誇っています。地方のオペラ劇場としては大変高い評価を得ています。当時、このグラン・テアトルでオペラ<マダム・バタフライ>が上演されておりました。早速に鑑賞しようと、学割がてっきりきくと思い勇んで切符売り場へ行きいい席を取ろうとしましたが、学生ですと言っても取り合ってくれません。切符売り場のマダムは学生証を見せるも見ようとしないのです。ご冗談でしょうといった顔をしています。あとで聞くと年齢制限に引っかかったのだろうと言われましたが、その時はまさか学割に年齢制限があるとは知りませんでした。かと思うと美術館は半額です。初めは不思議そうな顔をしていますが、学生証を確認するとわたしの顔を見てすばらしいと言ってくれました。
 余談ですが、このグラン・テアトルで地元交響楽団の演奏会があり、そのタイトルが<デギュスタシオン(Dégustation利き酒、味の鑑定)>とありました。ああ、音楽を賞味・鑑賞する会とでもいうのかなと興味が湧き、丁度ボルドーへ来ていた妻と出掛けました。2時間ほどのクラシックの演奏が終わったところで、別の部屋へどうぞお移り下さいとアナウンスがありました。美しい装飾が施された部屋へ行きますと、そこには簡単なオードブルやチーズやパンと共に何十種類ものボルドー・グラーヴ産のワインがずらりと並んでいるではありませんか。なるほど、これで<デギュスタシオン>というタイトルに合点がいきました。まさに「利き酒」なのです。観客のみなさんが、先程演奏したオーケストラの指揮者と楽団員と一緒にワインを飲みながら語り合っている姿は何とも微笑ましく楽しそうです。私たちもさっそく輪に入れてもらいました。観客のみなさんも着飾って来ていますので、なかなか華やかな社交界の雰囲気です。これはワインの本場、ボルドーならではのお洒落なすばらしい催しだと感激しました。
 ワイン・フェスティバルも学割がきき半額(3ユーロ)です。グラスを1個もらい、どのブースでも好きなだけワインを試飲することが出来ます。そういえばストラスブールでは遊覧船が半額でした。というわけで小生のような老学徒も所によっては学割の恩恵に与ることが出来ました。
 暖かくなると学生は芝生に三々五々集まって談笑しています。昼はサンドイッチをかじりながら。のどかな学園風景です。顔の色も髪の色もまちまちで、国際色豊かです。ボルドー第三大学は文学部があったせいか女子大生の姿が多く目につきましたが、醸造学部のあるボルドー第一大学(醸造学部は第二大学に所属しますが、どういうわけか第一大学のキャンパス内にあります)のキャンパスには理工系の学部が集まっており、開放的な第三大学とは大分雰囲気が違っておりました。第一大学は構内に研究所もあったためか、ここだけは周りが塀で囲まれており、大きな構内、大きな建物の割には学生が少ないように思いました。
 総じてボルドーは学生を大事にする気風の残る、『学生の街』だなと思いました。




 


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